SANZUI vol.08_2015 autumn

特集 80's Spirit

80代だから、挑戦する。
歳は、取るものでなく、重ねるもの。
舞台の上やテレビの中の80代を観ていると、そう思えてくる。
若い頃にその道に入り、夢や希望を追い続け、時には失敗や挫折もあっただろう。
それでも挑戦し続けることで昇華した、人生の高み、深み、輝き。
だから、80代の「今」というピークがあるのだと思う。
40代、50代なんて、まだまだ子ども。
そう言われているような気がする、80代の挑戦者たちである。

加藤 武
地のキャンバスを大事に、
いつも真っ白にしておくこと。

Photo / Ko Hosokawa

2014年4月、文学座公演『夏の盛りの蝉のように』で江戸の絵師、葛飾北斎を演じた。艶やかな声色、鋭い眼光、いぶし銀の所作。万端に漂うエネルギッシュな演技で、第49回紀伊國屋演劇賞個人賞、第22回読売演劇大賞芸術栄誉賞および優秀男優賞を受賞した。凄いですね、と言い掛けた途端、返ってきた言葉が、「まだダメです。これでいいなんて思っていません」。1952年の初舞台から63年の俳優人生。78年の歴史を刻む新劇の老舗劇団、文学座の現・代表だ。

「現役でいることは、年齢なりに体力を維持していかなければならないということ。舞台で年が出てはいけない。あの人、お年寄りねえと思われたらおしまい。普段の体作りが大事です」

2005年から始めている朗読独演会を今年も7月に日本橋亭で行った。吉川英治作『新平家物語』と8代目市川中車の『大島綺譚』からの一節。少年時代に夢中で聞いていたNHKラジオ『宮本武蔵』の朗読を『加藤武の語りの世界』を通して再現している。「小学生の時、徳川夢声さんとまだ八百蔵と名乗っていた8代目市川中車、2人の語る武蔵にワクワクしました。戦争中だから、ブーと警戒警報が嗚ると中止になっちゃう(笑)」

9月には、岐阜県可児市の文化創造センターで初日をあけた後、東京も含め全国巡演される舞台『すててこてこてこ』に三遊亭円朝役で工演する。

「名人円朝と弟子の円遊とが落語家として新旧対決するディスカッション・ドラマです。台詞の量が凄い。今は、時問をかけて丹念に覚えるしかない。若い時は、役を演じるのにまったくの別人格になりきることに憧れていました。でも、体がキャンバスなんだから、この地をいつも真っ白にして、どんな色でも描けるようにしておくことが大事なのです。年をとると舞台を踏むチャンスが少なくなってきます。恐いことです。でもね、こうやって元気だ!ってことをアピールしていれば、やがてチャンスは巡ってくるでしょう。これからも舞台や朗読も続けてゆくつもりです」

取材・文 石井啓夫(演劇コラムニスト)




加藤武さんが7月31日に急逝され、ただただ驚いています。6月に行った本取材では、芝居について、また秋の公演に向けて語っていただきましたので、ご本人の確認稿を掲載いたします。謹んで哀悼の意を表します。(編集部)



PROFILE 1929年、東京・築地生まれ。早大英文科卒。中学の英語教師を経て文学座へ。子供の頃から歌舞伎、文楽、落語などに馴染む。52年初舞台。以降、舞台、映画、テレビで大きな声と濃厚な存在感で活躍。黒澤映画や『金田一耕助シリーズ』の警部役などで人気を博した。文学座代表。2015年7月31日没。(※情報は発行当時)

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