SANZUI vol.02_2013 autumn

裏舞台という名の表舞台

Text/Kiyoshi Yamagata   Photo / Anna Hosokawa

舞台は客席から見える表舞台と
見えない裏舞台によって
成り立っている。
舞台を裏で支える人に光を当てる。

STAGE 03音をつくる 水野隆弘(ヤマハ株式会社)

日本に初めてピアノが紹介されたのは、1823年。そして明治維新(1868年)以降、多くのピアノが輸入されたが、現在では日本製のピアノは世界中で高い評価を受けている。今では家庭や学校、各地のコンサートホールなどにもピアノが設置されているが、難点は持ち運びができないこと。そのため、本番の前には、聴衆に最良の音が届けられるように、いつも調律師が裏方で奮闘している。楽器の製造と美しい音づくりについて、日本での先駆けとなった静岡県にあるヤマハ株式会社の掛川工場で、グランドピアノの音づくりの最終行程(整音)を行っている水野隆弘さんにお話を伺った。

「この掛川工場ではアップライトピアノも含め、全ての国産ヤマハピアノを製造しています。木材を乾燥させ、各パーツに切り出したもの、弦、弦を支える金属製のフレームなど、ほとんどの部品もここで作られ、組み立てられていきます。そして最終的な仕上げとなる組み立てと音の調整が行われます。それが私の仕事です。88個の音を鳴らすのは、ハンマーと弦。鍵盤からその動きを伝達するのが個々のアクション部品。それら88 鍵分を全て手作業で取り付け、0.1ミリ単位で調整し、さらに全体のバランスを整えます。それぞれ熟練したスタッフのブースを3週間ほどかけて順に回り、ようやく1台のピアノが完成。自動車関係者が視察に訪れたときに、こんなにも手作業でやっていて、効率的ではないですねと驚いてました」

これほど人間の感覚や感性が多くの過程において必要とされる工場は、現代では珍しいかもしれない。それだけ1台1台に注がれる愛情も大きくなる。

「私は31年前、調律師学校卒業後にヤマハに入社し、国内外の現場で数多くの経験を重ねてきました。楽器の弾き心地は、アクションの調整(整調)で微妙に変化します。弦を弾くハンマーが堅ければ堅い音、柔らかければ柔らかい音になるので、針を刺してハンマーに弾力をもたせ、調整可能な範囲で演奏者の好みにできるだけ近づけるようにします。"カラフルな音"、"華やかな音"と演奏者の抽象的なリクエストを推し量りつつ、具体的な作業につなげていきます。ピアノは、1台1台音色や弾き心地が異なるため、コンサートやレコーディングの際に、ホールの所有するピアノではなく、別のピアノを運び込むこともあります。世界で活躍するピアニストの音に対するこだわりはシビア。本番でどのピアノを使用するかは、われわれ楽器メーカーにとってまさに一大事です」

世界を代表するピアニストとの真剣勝負がヤマハのグランドピアノを育てているのだろう。

「楽器は、気温や湿度、ホールの大きさといった環境で客席に届く音が変わってしまいます。ピアノが気持ちよく鳴るように調整するのが、私の一番目指すところです。調律のみであれば2時間でできますが、弾き心地や響きを整えるために、さらに時間は欲しいです。理想を求めていけば、いくら時間があっても足らないくらいです」

個々のピアノの状態に応じて限られた時間で最良の処方をする、水野さんの仕事は、アスリートのトレーナーのようだ。

「音楽が大好きで、多くの演奏を聴き、美しい音のイメージを追求しています。これまでの経験を活かして"美が響く力"をコンセプトに、新しいピアノの開発にも携わっています。最高の素材と技術をかけて2010年から世に出たCFシリーズ。演奏者にも、その音楽を聴く観客にも満足してもらえることを第一として開発しています。この最高のピアノに最適な調整を探ることが私の目下の目標です。これからもさらに腕を磨いてヤマハのグランドピアノとともにピアニストの素晴らしい演奏を支えていきたいと思っています」


PROFILE 1887年、山葉寅楠氏がオルガン修理に成功したことをきっかけに、創業。1900年にピアノの製造を開始し、1954年にはオルガン教室を開設し、全国に展開。1987年に社名をヤマハ株式会社に変更。現在では、インドネシアや中国にもピアノ工場を設置し、世界中にピアノが届けられ愛用され続けている。

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