SANZUI vol.02_2013 autumn

特集 色

名匠インタビュー堅田喜三久 長唄囃子方 打つときの手の動きによって
音にさまざまな余韻が生じ
日本的な感情と生命を音色に与える

Photo / Tatsuaki Tanaka   Text / Kiyoshi Yamagata

「手色」という言葉があったそうだ。「打つ調子」という意味で、義経記では鼓の名手を指したり、妙なる音色を表す言葉として使われている。長唄鳴物の世界で、伝統を守りながらもジャンルを越えて囃子の魅力と可能性を追求してきた堅田喜三久さんの手色は、圧倒的だ。リズミカルで迫力のある音。鼓を打つ手は素早く軽やかに動き、まるで音に合わせて手が踊っているように見える。その「手色」の原点を探るべく、堅田さんに囃子の魅力について伺った。

「そもそも囃子とは"にぎやかに囃し立てる"という音楽。小鼓、大鼓、太鼓、笛の四楽器を総称して四拍子と呼びますが、主に打楽器で音楽のリズムを高調させます。囃子の魅力は音色の正確さというのが第一にありますが、打つ時の手の動きと加減によって振動に変化を呼び、音にさまざまな余韻が生じます。この余韻こそ、いかにも日本的な細やかな感情の機微を醸しだすのです」

堅田さんの鼓を打つ手さばきの美しさ、そして打楽器にもかかわらず響きわたる豊かな音色は、どこからくるのだろうか?

「僕はそもそも左利きです。鼓は右手で打って、左手で操作します。左手は鼓を支えているだけだと思っている方が多いのですが、実は左手が一番重要な役割です。右手で打った瞬間に左手を緩めたり締めたりして、力加減とタイミングで音色をさまざまに変えています。僕は左利きだったからこそ人の半分の年月で修行が済んだ。左利きだからこそ、手の動きを駆使して、多種多様な音色とリズムやテンポが出せるのです。そして強く打つように見せて小さくて繊細な音を出したり、逆に軽く打つように見せて、ポーンと大きな響く音を出したりと、手によるさまざまな技を使っています」

私たちの目も耳も釘付けにする堅田さんの手色は、多様な技に裏打ちされていた。それが可能になったのも、異色の経験があったからこそと話す。

「40年前の僕が一番生意気盛りの頃には、やってはいけないよって言われたことは、何としてもやりたかった。もともと僕はジャズが好きだったこともあり、ジャンルを越えて多くの音楽家と演奏をした。結局技術的にできないと言われていたこと、伝統的にやってはいけないと言われていたことは全部やった(笑)。いつも師匠や先輩には怒られていたけど、この若い時に無理難題をこなしてきたことで表現力を鍛え、演奏に広がりと深さを与えた。これが今に生きています。これからも僕なりの囃子を極めて、多くの方に楽しんでもらいたい。そして、人間国宝をいただいた時に天皇陛下が僕に直々に"お囃子の素晴らしさを是非海外に伝えて欲しい"と仰いました。その仰せに従って、世界中に囃子の魅力を伝えていくつもりです」


PROFILE 1935年東京生まれ。九世望月太左衛門の次男。十六歳で長唄囃子方に専念すべく、伯父の三代堅田喜惣治について修行し、舞台をつとめながら鳴物の修業を重ねる。1953年18歳で三代堅田喜三久を襲名。長唄の舞台や歌舞伎の出囃子のほか、ポピュラー、クラシックの演奏にも参加。1990年芸術選奨文部大臣賞。1999年重要無形文化財長唄鳴物保持者(人間国宝)。

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