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Interview.007

クラウドサービスと著作権について、池村聡氏に聞く

平成25年度文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会で、「クラウドサービスと著作権」について検討が行われている。インターネット上のサーバーに 音楽や画像などを保存することで、手元の端末のデータ容量に縛られることなく、また、いつでも、どこでもコンテンツを楽しむことができるクラウドサービ ス。クラウド上のサーバーにコンテンツを私的使用目的で保存する行為が、例外的に著作権が制限される「私的使用目的の複製」に該当するのか、不透明である ことが問題視されている。これについて、すでに文化庁では平成23年に委託調査(平成23年度文化庁委託事業「クラウドコンピューティングと著作権に関す る調査研究」)を行い、「『クラウドサービス』固有の問題として著作権法の改正が必要であるとは認められない」と結論付けている。

繰り返し俎上に載せられるクラウドと著作権。クラウドサービスを取り巻く環境はどのように変化しているのか。問題点は何なのか。文化庁在職時、権利制限の 一般規定の検討及びその後の法改正、「クラウドコンピューティングと著作権」の委託調査に携わった弁護士の池村聡氏に、お話を伺った。
(2013年11月05日公開)

クラウドサービスを取り巻く環境は変わったか

文化庁で委託調査を行った平成23年頃から現在まで、大きな、あるいは劇的な変化は基本的にはないと思っています。
ただ、漠然とですが、委託調査の時に比べて権利者が積極的に利用を許諾するようになっている気はします。委託調査で関係者にヒアリングをした当時は、まだ ビジネスとして成り立つかどうかが不透明で、特に権利者サイドは許諾するかどうか様子見という印象を受けました。その当時に比べれば、権利者も許諾をする ようになっており、その結果サービスがスタートしやすくなっている部分もあるのではないかと思います。
ただ、当時も今も、何をもって「クラウドサービス」と呼ぶのかは相変わらず曖昧なままです。雲(クラウド)だけに、良くわからない(笑)。極端な話、「インターネットを活用した便利なサービス」程度の意味で使われている場合も多いのではないでしょうか。

クラウドサービスと著作権に関する論点

「クラウドサービスと著作権」の主な論点としては、【1】複製・送信行為の主体が誰になるのか、【2】コンテンツの複製が行われるクラウド上のサーバーがいわゆる「公衆用設置自動複製機器」にあたるか(※1)、の二点が挙げられ、法制・基本問題小委員会での議論もこれらに集中しているようです。
まず、【1】の問題については、いわゆる「カラオケ法理」をめぐる議論や間接侵害の問題(※2)とも関連して何年も前から議論されている難問で、クラウドサービスだからどうこうという問題ではないだろうと認識しています。
間接侵害の問題に関しては、著作権分科会でも司法救済ワーキングチームが長年検討し、一定の方向性を示したものの、関係団体や小委員会での支持を得るまでには至っておらず、事実上検討は止まってしまっている現状にあると認識しています。
みんながみんな賛成する法改正の方向性が示せればよいのですが、現状ではなかなか厳しいと思いますし、そもそも複製・送信行為主体に関しては、法改正というより法解釈の問題という側面が強いように思います。
他方、【2】の問題については、確かに30条1項1号の法律の文言を厳格に当てはめると妥当な結論が導けない場合もありますし、こちらは【1】とは異なり 具体的な法改正のイメージも掴みやすいのではないでしょうか。もし実務上の萎縮効果が現実に生じているのであれば、それを解消するような法改正をするとい う選択はあると思います。

クリエイターへの利益の還元

法制・基本問題小委員会では、私的複製に対するクリエイターへの適切な利益の還元についても併せて検討するべきではないかとの意見も出されています。
クリエイターへの利益の還元の問題も非常に難しく悩ましい問題ですが、今の制度(私的録音録画補償金制度)が限界に来ていることは間違いないのではないで しょうか。政令(著作権法施行令)で対象機器や対象媒体を細かく規定していますが、極めて難解な条文のために何回読んでも一体どのような機器、媒体が対象 なのかさっぱり分からない。また、補償金を払いたくない、いや払うべきだという問題はさておき、実態として、私的録音録画補償金制度という制度が現実にあ りながら、一方でスマートフォンやタブレット端末など、デジタルな私的複製が沢山行われているであろう機器が補償金の対象となっていないというのもいかに もいびつです。
ヨーロッパがそうだと聞いているのですが、浅く広く満遍なく補償金の対象として、利益をクリエイターに還元するシステムがよいのではないかと、漠然と考え ています。「クリエイターに対して適切な利益を還元すべき」ということ自体はおそらく多くのコンセンサスがあるところだと思いますので、この問題が早くよ りよい形で解決することを心から願っています。

クラウドが盛り上がらないのは著作権法のせい?

サービス事業者の方々がよく主張するように、欧米では隆盛なSpotifyやPandoraのようなインターネットを通じた音楽配信サービスが、日本では あまり浸透していないように思います。その要因はどこにあるのかということがよく議論されていますが、わからないというのが正直なところです。ただ、少な くとも日本の著作権法に大きな問題があるから、ということではないと思います。ビジネス構造や採算性の問題などが複雑に絡み合ってのことなのではないで しょうか。
この点、文化庁の委託調査でも「日本でクラウドサービスはなぜ盛り上がっていないと思うか」ということを色々な方面に対してヒアリングを実施しました。ヒ アリングでは、先に挙げた【1】【2】の問題などの指摘も勿論ありましたが、これらは必ずしも致命的な問題とは認識されておらず、皆さん、著作権法上の問 題がクリアされればクラウドサービスが一気に盛り上がると考えているわけではないという印象を受けました。
また、このクラウドサービスと著作権法の問題は「検索エンジンの二の舞になるな」といった文脈で語られることがあります。要は「日本企業の検索サービスが 海外に後れを取ったのは、著作権法の整備が遅れたためである。フェアユース規定がないからである。」という趣旨の主張ですが、それは違うんじゃないかと私 は思っています。フェアユース規定がない中国では百度が、韓国ではフェアユースがなかった時代にNAVERが、それぞれ立派に育っているわけですし、そこ に因果関係はないのではないでしょうか。

リスクをとってビジネスを

クラウドサービスをはじめ、デジタル化・ネットワーク化に応じた産業の進展のスピードに著作権法改正が追いついておらず、その結果ビジネスを萎縮させてい るという指摘がよくされています。私自身も、「新しい問題が生じるたびに著作権法を改正している現状は時代に合っていない」という指摘自体は誤りというわ けではないとは思います。例えば、著作権法の権利制限規定の条文上の要件は、かなり細かく規定されているため、「条文にセーフと書いていないことは反対解 釈で全て違法なのか」と捉えられてしまう場合もあるでしょう。必ずしもそういう訳ではないと私自身は考えていますが、企業が萎縮してしまう気持ちは分から ないでもありません。
しかし、その一方で、あらゆる事例について白黒がはっきり書いてある完璧な法律を作ることはできません。また、将来何が起こるかわからないからといって、 その何が起こるかわからないことに対して予めきちんと対応できる法律を作る、ということが現実問題として非常に厳しいというのも事実であり、これは私が文 化庁で身に染みて分かったことでもあります。
そうした中、事業者側も、多少のリスクはとってビジネスを開始するという姿勢もある程度必要なのではないかと思います。なぜこのようなことを申し上げるか というと、権利者と利用者との間でセーフ・アウトの線引きの認識にそれほど大きな齟齬はないと思うからです。これは希望的な観測でもありますが、委託調査 で行ったヒアリングでもそういった印象を受けました。つまり、権利者もありとあらゆる利用に反対しているわけではなく、話を聞いてみれば「どんどん利用し てほしい」という方が多かった。また、著作権法上、重箱の隅をつつけば、条文上はこれも許諾が必要なの?という些細な利用形態が色々あるわけですが、そう いったもの全てについて問題視している、つまり許諾が必要と考えているわけでもない。一方、ちゃんとした利用者であれば、権利者に許諾を得たりお金を払っ たりしなければならない場合ということを感覚的に理解しているし、クリエイターに対するリスペクトもあると思います。
とはいえ、ずっと今の著作権法のままでよいかというとそうではないでしょう。デジタル化やネットワーク化が想定されていない時期に作られた法律ですので、 前提である著作物利用の社会的実態が大きく変容していることは疑いがありません。その一端がこのクラウドサービスの問題にも表れているのだと思います。
そう考えると、今の著作権法はそろそろ抜本的な見直しが必要になっているように思います。権利者や利用者といった枠を超えて、著作権法の将来像について、真剣に話し合う時期に来ているのではないでしょうか。

Profile

池村聡(いけむらさとし)
弁護士

1976年生まれ。1998年司法試験合格。1999年早稲田大学法学部卒業。
2001年弁護士登録。2009年文化庁長官官房著作権課著作権調査官(2012年6月まで)。
現在、森・濱田松本法律事務所弁護士。主な著書は、「著作権法コンメンタール1〜3」(共著、勁草書房、2009)、「著作権法コンメンタール別冊平成 21年改正解説(勁草書房、2010)、「著作権法コンメンタール別冊平成24年改正解説(共著、勁草書房、2013)」。

GUIDE/KEYWORD

「クラウド上のサーバーがいわゆる『公衆用設置自動複製機器』にあたるか」(※1)

著作権法では、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(私的使用)を目的とするときは、使用する者が複製することができると定められている(第30条)。
ただし、個人的又は家庭内の使用であっても、私的使用の複製にあたらない場合がいくつかある。そのひとつが「公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器」(公衆用設置自動複製機器)を用いて複製する場合(第30条1項1号)である。
従来、公衆用設置自動複製機器とは、店頭などに設置された音楽テープやビデオ・ソフトのダビング機、コピー機などを指すと考えられていたが、条文の文言を 厳格にあてはめると、クラウドサーバーもこの公衆用設置自動複製機器にあたると解釈しうる。そうするとクラウドサーバーへのアップロードは私的使用のため の複製には該当せず、著作権者の許諾が必要となる。

「いわゆる『カラオケ法理』をめぐる議論や間接侵害の問題」(※2)

著作権法は、著作物等を自ら直接に利用する者(=直接行為者)以外の関与者(=間接行為者)の責任について明確な規定を有していない。そのため、間接行為者への差し止め請求をどのように解釈するかが長年にわたり問題となってきた。
例えば「客にカラオケを歌わせるスナックの経営者は演奏権を侵害しているのか」が争われたクラブキャッツアイ事件では、実際に歌唱する直接行為者はホステ ス等や客であるが、「著作権法の規律の観点からは」経営者が演奏(歌唱)の主体であり、演奏権侵害の責任を負うとされた。
このような間接行為者に責任を負わせる考え方は「カラオケ法理」と呼ばれ、中央管理型ファイル交換ソフト、着メロファイルの自動変換サービス、集合住宅の 共同録画サービス等、様々なネットワーク型サービス提供者の責任を判断する際の基準として多用されてきたが、差し止め請求の対象となる範囲が不明確である といった指摘が多くなされている。

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