SANZUI vol.02_2013 autumn

ロングインタビュー 桂 歌丸

われわれ芸人は、みんなそうですけど、これで良いって時はない

圓朝作品や古典落語への思い

――師匠は新作の名手から古典落語へとシフトした。その心は?

これにはきっかけがあって平成七年くらいにある方が、『牡丹灯籠(ぼたんどうろう)』の一部の『栗橋宿(くりはしじゅく)』をあたしにやれって仰った。即座に「できません」って言ったら、「いやできる」、「いやできません」、「いやできる」って押し問答が続いて、とうとう押しつけられちゃった。圓朝物は大師匠からちょっとは教わっていたんですが、まあやれって言うんだからしょうがない。まあまあ何とかできたんですよ。それでホッとしてよくよく考えてみたら圓朝物は誰もやらない。それじゃあ手がけてみようかっていうのが発端です。それから『牡丹灯籠』はもちろん、『真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)』、『江島屋(えじまや)』なんかもやるようになった。そうしたらいつの間にか毎年八月の国立演芸場は圓朝物って決められちゃった(笑)。

――やはり圓朝作品は落語の中でも難しいのでしょうか?

難しいけれども楽しい。まあ本当にやりがいがありますね。その代わり下手なことはできない。一度歌舞伎の中村吉右衛門さんと国立演芸場で圓朝作品を絡めて対談したんです。そうしたら歌舞伎のお客さんがあたしの八月の圓朝物に来て下さるようになった。何で分かるかって?そりゃあ歌舞伎の方のご婦人は綺麗なお着物を召してお越しになるから、舞台からでもすぐ分かる(笑)。これはありがたい。ここでも歌舞伎観てたのが役だってますね。この間は『お熊の懺悔(ざんげ)』という演目をやったのですが、これには長台詞がある。ただしゃべっていても面白くないから、三味線を入れてもらおう。お囃子さんと相談して長唄の『黒髪』を入れた。これもやっぱり芝居を観ていたおかげですね。圓朝師匠はじめ先達(せんだつ)の師匠方が残してくれた素晴らしい演目を何とか引き継いで、今度は自分なりの圓朝物や古典をこしらえていかなければならない。大変なことですが、何としても続けて行くつもりです。


高座で聴く実演の落語のすすめ

――落語を敷居が高いと感じている人もいます。楽しみ方を教えて下さい。

ただ理屈抜きに笑ってくれていいんです。落語なんか考えてみれば時代錯誤も甚だしい。でも、それを根掘り葉掘りに突いても面白くありません。そんなことは度外視してとにかく落語をそのまま楽しんで欲しい。そして落語はとんだ馬鹿馬鹿しい噺の中にも必ず教えというものがある。人を騙すとこういう報いがあり、良いことをすればこういうお返しがある。義理人情なんていうのも全部混ざっている。何かその中からどんなことでもいいから一つでも気がついて教えにしてくださればありがたい。まあ、まずは理屈抜きでとにかく笑う。それから落語が好きになるのも落語家が好きになるのも、これはお客様次第。好きになった噺家の独演会なんかに行くのも楽しいことですし、寄席に通っていろんな噺家の間を楽しむのもお薦めです。テレビやCD、インターネットなどで落語を聴くのもきっかけとしては良いですが、やはり落語は実演で聴くのが一番。収録したものだと、当たり前ですが、何度聴いても間は同じです。ところが実演の落語の場合、同じ噺家で同じ演目でも間が聴く度に違う。一言二言余計なことも言うこともあるし、実演でしか言えないこともありますしね。

――ますます落語の魅力を追究されている歌丸さんですが、今後の活動は?

もう自分の道を真っ直ぐに進んで行くだけ。あたしは落語以外に何にもできない人間ですからね。これから圓朝作品にも取り組まなければならないし、他の噺も覚えなければならない。よく言われるんですよ。何でそんなに自分から苦しい思いするのかって。あたしは言い返す。生きている以上は苦しい思いするんだって。それじゃあいつ楽になるのか?目をつぶった時、楽になるんだってね。さすがに目つぶってまで苦しい思いはしたくない。やっぱりわれわれ芸人は、みんなそうですけど、これで良いって時はない。目つぶった時だけでしょうね。まだまだあたしは頑張りますよ。


PROFILE 1936年横浜生まれ。落語家。公益社団法人落語芸術協会会長。出囃子は『大漁節』。三遊亭圓朝作品などの古典落語を中心に活動している。横浜にぎわい座館長(二代目)。演芸番組『笑点』では放送開始からメンバーとして活躍し、現在は五代目司会者。1989年横浜市政100周年にて市民功労賞、芸術祭賞受賞。2007年旭日小綬章受章。

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