ロングインタビュー 渡辺貞夫
プレイをしている時の思いが伝わる音が理想の音
世界の子供たちが音楽で交流できる場を作りたい
――その後、アメリカのバークリー音楽院へ留学され、帰国後はジャズだけでなく、ブラジル音楽やアフリカ音楽なども取り入れたワン・アンド・オンリーの音楽を築き上げられました。
初めてボサノヴァに出会ったのは、バークリー留学中にゲイリー・マクファーランドというヴィブラフォン奏者のツアーに参加した時です。最初にボサノヴァを演奏した時は、何だかゆるい音楽だなという印象だったんですがね。でもその音楽を聴き、演奏するうちに次第に魅かれていきました。この音楽には人の心を癒す独特の歌の世界があるんですよ。アフリカへ初めて行ったのは1972年。テレビのレ
ポーターとしてケニヤに出掛けました。アフリカはジャズの故郷だと聞いていたので、ずっと憧れていました。だからテレビ局から声を掛けられた時は飛びつくようにOKしました。ナイロビの空港から外に出た瞬間からアフリカの風土と人々の魅力に心を奪われました。どこにいても、シンプルで生きた音が聞こえてくる土地。仕事しながらでも歌があるし、学校の行き帰りにも歌がある。とても新鮮でした。ある日、移動中にサバンナで車を止めて一服していたんですが、その時、最初何の音もしなかったその場所に風が吹いてきて、鳥の声が遠くから聞こえてきて。久しぶりに自然を、そして風を感じました。それまで出会うことのなかったダイナミックな自然、そしてオープンな人々。音楽を求めていっぱいになっていた気持ちが楽になって、すっかりアフリカにはまってしまいました。
――そうして世界を回られた渡辺さんは、子供たちへの指導も熱心になさっていますね。
1970年代後半にブラジルを1か月旅したのがきっかけです。バイヤ州のサルバドルでオロドゥンという素晴らしいサンバチームに出会ったんです。シンプルだけどものすごくダイナミックなリズム。こういう音楽を日本の子供たちに体験させたいと長い間思っていたところ、NHKなどの協力もあって1995年に栃木県で開催される国民文化祭で行うことになりました。栃木県に毎週出掛けて子供たちと練習して1年かけて準備しました。そうして行った演奏の評判が非常によくて、1回で終わらせるのは勿体ないということになり、今年で20年になりますが、いまだに続いています。2005年の愛知万博では、僕が以前から抱いていた、世界の子供たちが音楽で交流できる場が作れたらいいなという思いを、五大陸の各国から集まった400人の子供たちの手で実現させることができました。お陰さまでこれも非常に評判がよく、あちこちの国から声を掛けていただけるようになりました。
僕の追い求める音にまた一歩近づけた
――長年、音楽と深く関わっていらっしゃる渡辺さんにとっての理想の音とはどのようなものでしょうか?自分の思いが伝えられる音ですね。理想の音って人それぞれだと思うんですが、僕にとっては自分がプレイをしている時の思いが伝わる音が理想の音です。だから必ずしも綺麗な音を求めているというわけでもないんです。僕のテイストの音を求めているわけです。僕は十数年前から現在のセルマー・スターリングシルヴァーという楽器を使っていて、この楽器を演奏しながらその音を掴もうとしています。先週ブラジルでニューアルバムの録音をしてきたんですが、僕の追い求める音にまた一歩近づけたように思います。
――そのセルマー・スターリングシルヴァーですが、吹きこなすのが大変な楽器と伺っていますが。
しんどい楽器ですよ。僕は1960年代後半から、手ごたえのある楽器ばかりを使ってきていますけれど、その中でも一番しんどい楽器です。手ごたえがちょっとあり過ぎるほどなんですが、手ごたえがない楽器はつまらないですからね。でもその分、柔らかでふくよかな音を遠くまで運ぶことのできる楽器です。僕にとっては音が命ですから、毎回しんどいなと思いながら付き合っています。しょうがないですね。惚れた弱みです(笑)。以前の楽器に戻そうか、そうしたらずいぶん楽になるだろうなって思うこともあるんですが、それでもいざ仕事になるとこの楽器を選んじゃう。
――渡辺さんは今でも精力的にライヴやツアーを行っていらっしゃいますが、ご苦労などはありませんか。
いやあ、ちっとも大変じゃないですよ。行きたくて行くわけですから(笑)。プレイを続けていくためには常に自分のコンディションをキープしてないといけません。しばらく楽器に触れていないと不安になりますし、調子が出るまでに時間もかかります。毎月スケジュールが入っていると、ライヴという真剣勝負の中で楽器に触れていることができますからね。ありがたいことですよ。ですからお正月以外はほぼ毎月ツアーに出ていますし、必ず何かやっています。現在は、10月にニューアルバムがリリースされるので、その準備をしているところ(※編集部注:取材は2015年夏)。その他にも、毎年やっているクラブ・イベントやクリスマス・コンサートなどの企画を進めています。もう再来年の分まで考えていますよ。僕はせっかちなもので(笑)。楽しみにしていてください。
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