特集 うたう
私たちは、歌うことで生きている。
さまざまな人生と歌でつながる人がいる。
うなることで、言葉を遥か遠くまで伝えられる人がいる。
自分自身という楽器から生の歌声を奏でる人がいる。
次元を超えて、愛のメッセージを発信する人がいる。
ジャンルも表現も違うけれど、みな、歌うことを心から楽しんでいる。
みな、歌うことで生きている。
初音ミクバーチャル・シンガー
リアルとバーチャルの境界を越え、世界を席巻する新しい歌の形
Photo / Ko Hosokawa Text / Tomonori Shiba
「いる」と「いない」、リアルとバーチャルの境界線が溶けているかのような、不思議な感触がそこにはあった。1万人以上の観衆が汗まみれになってライブを楽しんでいる。その視線の先には、4人の演奏者と透明スクリーンにCGで映し出された1人のキャラクター、初音ミクがいる。もちろん、その場の全員は目の前で歌っているのが映像のキャラクターであることを知っている。しかし、実際にライブを体感するとその生々しい実在感に驚かされる。かつてはオタク文化のイメージとともに取り上げられることもあった初音ミクだが、いまや中高生の女子にも浸透。キャラクターは幅広く愛されファン層も広がっている。
「初音ミクを取り巻く創作文化の今を発信する」というコンセプトのもと、2回めを迎えた今年、東京・大阪の2か所で開催されたイベント「初音ミク『マジカルミライ 2014』」。そのプロデューサーを務めたクリプトン・フューチャー・メディア株式会社(以下クリプトン社)の関本亮二さんは「バンドの生演奏と一緒に歌っていることが大きい」と語る。
「やっぱり隣に人間がいるということが大事なんです。映像だけだと、どうしても画面を観ているのと同じになる。それだとすぐに飽きてしまう。でも実際にバンドと一緒にライブをすると、初音ミクがその場に本当にいるんじゃないか?と錯覚してしまうような臨場感が生まれる。お客さんも、普通にアーティストのライブを観ているのと変わらない感じで観ています。ミクが『今日は会えてよかった』と語りかけるのを観て涙を流している人もいます」
そもそも初音ミクが登場したのは2007年のこと。ヤマハが開発した歌声合成技術「VOCALOID」を用い、コンピュータで誰もが簡単に歌を作り出すことができる「ボーカロイド・ソフトウェア」として彼女は世に現れた。開発元のクリプトン社も含め、その時点でこんな熱狂が生まれる現在の風景を想像した人は誰もいなかったはずだ。
ムーブメントを支える担い手となったのは、初音ミクを歌わせて曲を作り動画投稿サイトに発表した「ボカロP」と呼ばれる数々のミュージシャンだった。さらには、曲に刺激を受けたイラストレーターが初音ミクの絵を描き、好きな曲にミュージックビデオをつける映像作家も登場するなど、プロとアマチュアの垣根を越え様々なフィールドのクリエイターたちが初音ミクを媒介にこぞって創作を繰り広げた。当初はネット上だけにあったその熱気も、ライブイベントが行われることで目に見える形に広がっていった。
「キャラクターとして好んでいる人もいますが、実際にソフトを使っているうちに、自分がプロデュースしている感覚を得られるので、『初音ミクをどう魅せるか?』と本気で考えるようになって、次第に感情移入していく人も多いです」
無数のクリエイターに支えられ広まっていった初音ミク。聴き手と作り手が渾然一体となった場が生まれたことが、その歌声への愛着の秘密となった。そして、その熱気は、いまや海外にも広がってきている。2014年にはイベント「HATSUNE MIKUEXPO」がインドネシアやアメリカで開催された。21世紀に生まれたデジタルな「歌」が、日本発の最先端のポップカルチャーとして世界を席巻しつつあるのだ。
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