SANZUI vol.05_2014 autumn

特集 ドキドキ

舞台の魔法
たとえば、男が女になる。たとえば、女が男になる。
たとえば、若者が年寄りになる。たとえば、現代人が未来人になる。
舞台の上で、ドラマの中で、さまざまな演者が、
鮮やかな「変身という魔法」を見せてくれる。
華やかな「変身という魔法」で魅せてくれる。
しかし、それは、魔法などという簡単なものではなく、
演者の一生における努力の結晶であり、
変身しても変わることのない強い意志であることをあなたは知るだろう。

清水ミチコ芸人
観ていてドキドキしない舞台なんて、
観る方もやる方もつまらないでしょう。

Photo / Ko Hosokawa   Text / Eiichi Yoshimura

 まだアマチュアだった10代の清水ミチコさんがいちばんドキドキしたのは、タモリがパーソナリティーだったラジオの深夜番組や、『ビックリハウス』のような投稿雑誌で、自分が応募したネタが取りあげられるかどうかだった。

「ラジオでネタと名前が読み上げられたり、雑誌に掲載されたら、ドキドキを通り越して足が震えましたもん」

 飛騨高山で暮らしていた高校生時代だ。大学進学のために上京した後は、やがてそうした足が震えるような魅惑の世界に次第に近づいていくようになる。

「最初は、芸能などの道に進もうという気はありませんでした。そもそも将来は実家の商売を継ぐつもりだったぐらい。デビューなんていうことはまったく考えていませんでした」

 しかし、深夜番組への投稿をきっかけに、ラジオ番組のネタを考える構成作家にスカウトされ、のみならずそのネタの好評から自身も出演者になるにつれてアマチュアのドキドキは、プロフェッショナルならではの不安と畏れへと形を変えていくことになる。

「放送作家のついでにラジオに出るようになり、やがて素人でも出られるオーディション・コーナーがあった渋谷のライブハウスに芸人として出るようになりました。それからテレビに出て、レギュラー出演者になった頃から自分はこの世界でプロなんだという自覚が生まれました。同時に、芸人として常にドキドキするようになりました。デビューしてからもう何十年も経っているのに、いまも新ネタをやるときはすごくこわい。"受けなかったらどうしよう" っていう不安と、"受けすぎたらどうしよう" ってヘンな不安もあるんですよね。受けるためにやっているのに、受けすぎるのもこわいという自分でもよくわからない不思議な心理なのですが」

 物真似が重要なレパートリーなので、まねされるご本人の反応も気になる。

「自分が物真似をするのは自分が大好きな人。オーラのある人で、自らもそういう人になりたいという憧れの人なので、いつも愛を持って物真似はしています。その愛ならではの揶揄や毒が含まれてしまって、あ、これご本人が見たらどう思うのかなって不安もありますが」

 キャリアも重ね、ライヴもいつも満員。自分自身が大御所となって安全地帯に行くことも可能かもしれないが、それではスリルとは無縁になってしまう。

「いまでも駆け出しの頃と同様にラジオのパーソナリティーがいちばん好きなんです。これは言いすぎかなっていう、生放送のギリギリのスリルを楽しんでいるところがある。物真似にしても舞台にしても、ドキドキするというのは、やはりスリルのあるところに生まれる感情だと思うんです。ドキドキすることなく、まったく緊張もせずアガリもしないで本番に臨めるような人って、観ているほうもスリルや魅力を感じないんじゃないでしょうか」

 芸が受けるということは、自分自身の存在が受け入れられるということ。芸人としての醍醐味は、ギリギリの芸を通して自分という存在が世の中に受け入れられるかどうかのドキドキにあるということだろう。


PROFILE 岐阜県高山市生まれ。上京後、ラジオ番組の構成作家を経てタレント活動に。テレビCMでの声の出演を皮切りに、音楽と絡めた物真似などの活動が人気に。1987年よりフジテレビ『笑っていいとも!』にレギュラー出演をし、人気が全国区のものとなる。テレビ、ライブ、俳優、執筆など多岐にわたるジャンルで活躍中。1988年、ゴールデンアロー賞芸能新人賞受賞。(※情報は発行当時)

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