裏舞台という名の表舞台
Photo / Ko Hosokawa Text / Eiichi Yoshimura
舞台は客席から見える表舞台と
見えない裏舞台によって
成り立っている。
舞台を裏で支える人に光を当てる。
STAGE 05ベーシスト 伊藤広規
伊藤さんは屈指のグルーヴを持つベーシストとして、これまで数限りないアーティストのレコーディングやライヴ・ツアーに参加しているスタジオ・ミュージシャンの重鎮だ。レコーディング参加曲はこれまでで2000曲は超える。誰もが知っているあの曲この曲を、"裏方"として支えてきた。
とくに30年以上に及ぶ山下達郎氏との活動は、サポート・ミュージシャンという、いわば裏方仕事の範疇を大きく超えたコラボレーションと表現してもいいだろう。
そんな彼のミュージシャン人生のきっかけとなったのは、なんと、ある交通事故。
「実家は運送業。僕が小学校2 年生の時に、うちの会社のトラックが、ピアノを積んだトラックと事故を起こしたんです。ピアノの足が折れちゃって弁償したのですが、そのピアノがうちにやってきて、これを僕が弾かされるようになった」
ピアノ教室に通ったが、"練習"のために弾く曲よりも、自分の好きな曲を弾く時のほうがずっと気持ちが奮い立った。
「これはプロになってからも同じ。すごい集中力で1~2回の演奏でレコーディングを終わらせるということもあるけれど、好きなタイプの曲は何度でも演奏していたかったり(笑)」
また、スケジュールの都合以外では、依頼を断ることはまずない。
「それがプロのミュージシャン」と、伊藤さんは言う。しかし、もともとプロになろうという意識はなかったという。
「もともと、プロになれるとは思ってなかった。自分の技術に自信があったわけでもないし、プロになることへの憧れもなかったんです。20代のはじめにセミプロのバンドでギターをやっていたんですが、ある時ベースが必要だっていう仕事が入り、じゃあ、僕が弾くよぐらいの感じで借りたベースで演奏しました。なぜかそれからベースを弾いてくれという依頼が増えて、いつのまにかプロのベーシストになっちゃった。プロになってからも1年ほどは、人から借りたベースを弾いてたけれども(笑)」
プロならではの楽しみも、もちろんある。
「自前のベースを買ったのは、ちょうど山下達郎氏と出会った頃。以降今日まで30年以上、彼の音楽をバックとして支えることができた。これは自分のプロ人生を考えた時に本当に幸運だったと思います。彼の音楽は、やっぱりいつもぐっとくるし、山下氏も僕のベースが彼の音楽にぐっとくると感じているんじゃないかな。それはバック、サポートのミュージシャンとしてとても幸運なことだと思っています。僕も演奏していていつも楽しい」
そして、主役となるアーティストとはちがう"裏方"ならではの気構えで仕事に接しているとも言う。
「バックでの演奏はレコーディングでもライヴでも"他人事だから"ぐらいの意識で演奏したほうがいい結果になるんです。僕はバックの仕事だけでなく、自分のソロやユニットもやっていますが、そういう場合はプレッシャーが大きくて大変。ソロになると、どうしても構えて遊びが足りなくなってしまう」
それでも最近になってようやく、ソロの場合でも"他人事"気分で楽しく遊べるようになったとのことだが、それであらためて気づいたこともあった。
「最近、音楽って、やはり"楽=遊び"だから、楽しんで演奏できること、遊べることが重要なんだ。ちゃんと遊べることがプロの証なのかもしれないなって思うようになりました」
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