SANZUI vol.03_2014 winter

特集 手

舞台の上には、観客の目を惹きつける「手」がある。
手の動きひとつで、空気が変わったり、音楽を感じたり、心が揺さぶられ涙することも。
千の言葉より多くを語る、表情豊かな「手」に迫る。

もの言う手のひら中野翠

 えっ、もう二十年近く前になるの?!信じられない。ついこの間のことのように思われるのに......。
 ティム・バートン監督の映画『エド・ウッド』('94年)の話です。
 『エド・ウッド』は'50年代ハリウッド映画界に実在し、「史上最低の監督」とまで言われるほど異様な作品を撮り続けたエド・ウッド監督の肖像を「エドの同類」と自認するティム・バートン監督が熱烈な愛をこめて描き出したもの。
 エド・ウッドは晩年のベラ・ルゴシ('30年代にボリス・カーロフと並ぶ怪奇俳優として活躍したが'50年代には忘れられた存在になっていた) に出会い、何本かのSF・怪奇映画を撮る。世間一般とはハズレたところで、二人は怪奇映画への見果てぬ夢を燃やし合う。
 エド・ウッドを演じたのはジョニー・デップで、奇妙奇天烈な人物像をみごとにこなしていた。けれども、いや、それ以上にすばらしかったのはベラ・ルゴシ役のマーティン・ランドーだった。
 マーティン・ランドーと言ったら'60年代のTVムービー『スパイ大作戦』で 日本でもおなじみのスターだったけれど、実はアメリカでは俳優養成のコーチとしても知られ、教え子にはあのジャック・ニコルソンがいるという程の人。
 "HOME"で始まる長セリフには胸を打たれた。「故郷......。私には故郷なぞない。世間の人々に追われ、さげすまれて、逃れて来た。この密林こそ私 の故郷。今こそ世間に思い知らせてやる。私の産み出した原子人間たちが世界を征服するのだ......」。
 そんなアウトサイダーの情念が炸裂するようなセリフを、手のひらを躍らせながら語るのだ。長い長い指が妖しく、くねる。魔法使いか催眠術師のようにその指先には、魔界へと、異界へと、引きづり込んでゆく気配が充満していた。おそろしく、また、美しかった。
 クサイ、と言ってもいいほどの大仰な芝居。演技者だったら一度はこんな芝居をしてみたいものなのではないか?と思わせる。体の動きはともなわなくても、顔と手、それだけでこんなに劇的な表現ができるというわけなのだから。
 マーティン・ランドーはこの演技でアカデミー助演男優賞、ゴールデングローブ賞をはじめ主要な賞を総ナメにした。うるさがたもみんな、あの手で魔術にかかってしまったのだ。

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