SANZUI vol.03_2014 winter

特集 手

舞台の上には、観客の目を惹きつける「手」がある。
手の動きひとつで、空気が変わったり、音楽を感じたり、心が揺さぶられ涙することも。
千の言葉より多くを語る、表情豊かな「手」に迫る。

クラシックバレエ 斎藤友佳理バレエは足よりも手
いかに手を使い、エネルギーを込められるか

優雅な動きで夢の世界に誘ってくれるクラシック・バレエ。斎藤友佳理さんは、東京バレエ団で20年以上活躍するプリマバレリーナだ。全身で美を体現するダンサーにとって、手というものはどのような位置づけなのだろうか。

「私は左足靭帯断裂という怪我をしたこともあり、足に神経が集中していた時期があったのですが、ここ数年、踊りは何よりも『手』だと、わかってきました。バレエは基本的にフォルムが決まっているので、例えばジャンプでも、手はある程度高い位置で、美しいラインを保って跳ばなければなりません。人間の目というのは不思議なもので、舞台で1メートル跳んでも、その手の形が途中で崩れたら、50センチしか跳んでいないように見えます。一方、50センチの跳躍でも、最後まで手に神経を行き渡らせて行えば、余裕や余韻が生まれ、1メートル以上のジャンプに見えるのです。先日も、偉大なダンサーであり振付家であるウラジーミル・ワシーリエフがバレエ学校の審査をするところに立ち会ったのですが、彼がダンサーの評価の基準にするのも、手への意識。一流の踊り手であればあるほど、足より手が大切だと言いますね」

バレエの指導者としても活躍されている斎藤さんは、生徒たちにも、手を疎かにしないよう、厳しく指導するという。

「バレエの稽古では、全力で踊らず、振りだけをざっとさらう"マーキング" というやり方があります。そうした時でも、私は足だけ動かすことは許しません(笑)。足だけでは、踊りにすらならないのですから。役柄の感情を表現するにしても、例えば悲しみを表現するなら、顔の表情だけでわーわー泣くより、一点を見つめ、何よりも手に感情を込めたほうが、効果的です」

自身がこなす毎朝のバーレッスンでは、手の中で一番長い中指をコンパスの芯に見立て、軌跡を思い描いてから、そのイメージを辿るようにして動くのだそう。終わりのないバレエ芸術における今後の課題もやはり、いかに手に魂を込めるかにある。

「実際には、手は決まった関節でしか動かすことができませんよね。にもかかわらず『瀕死の白鳥』のマイヤ・プリセツカヤは、腕全体が波打っているかのように見える。それは、手の使い方と、踊り手のエネルギーゆえだと思うのです。特にバレエは大劇場で見せる芸術ですから、数キロメートル先の人にまで届けるつもりで踊らなくてはなりません。そのために有効なのは、手は肩からだというふうに限定しないことではないでしょうか。脊髄からスタートし、肩甲骨を通って肩、肘、手首、指先......と、先に行けば行くほど、意識はあっても力を入れず、自由に使えるようになれば、より伸びやかに美しく踊れるのではないか。そう考えて、日々、鍛錬を重ねています」


PROFILE 1967年横浜生まれ。母、木村公香のもとで6才よりバレエを始め、15才からロシアに短期留学を繰り返し、M.セミョーノワ、N.フョードロフ、E.マクシーモワらに師事。1986年 に文化庁国内研修生として東京バレエ団で研修後、正式入団。2009年、ロシア国立モスクワ舞踊大学院バレエマスター及び教師科を首席で卒業。2012年秋、これまでの芸術への功績に対し、紫綬褒章を受章。現在、日本とロシアで踊りと指導に励んでいる。

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