特集 手
舞台の上には、観客の目を惹きつける「手」がある。
手の動きひとつで、空気が変わったり、音楽を感じたり、心が揺さぶられ涙することも。
千の言葉より多くを語る、表情豊かな「手」に迫る。
指揮 山田和樹そのオーケストラだけの音楽を引き出す
手はその手段
Photo / Atsushi Yamaguch Text / Masako Yamaguchi
指揮者の手。その指揮者の手の表情に演奏者は導かれ、聴衆はそこに湧き出る音楽に酔いしれる。音楽を体現する手を持つ指揮者たち。その一人が山田和樹さんだ。
「指揮とは手を通して音楽をどう奏でるかをオーケストラに伝える手段です。手によるメッセージを読み取ってもらうのです。美しい指揮から美しい音楽が流れるという意識はありますが、大切なのは指揮の美しさより、わかりやすさだと思います」
大抵の指揮者は拍を取る指揮棒を右手に持ち、左手で曲の表情をつける。顔の表情など身体全体で指揮者の音楽への意思を伝えるが、その司令塔になるのが手だ。
「音楽が持つ色やイメージを伝え、さらに呼吸をどうするかを伝えることも大切です。音楽が息づくために、どこでどう吸い、吐くのか。オーケストラの良い呼吸が良い音を生み、指揮者の手が奏者の呼吸感と結びついた時に、良い音楽が生まれるのです」
山田さんは、ブザンソン国際指揮者コンクールに優勝し、国際的躍進も目覚ましい。
「海外と日本のオーケストラでは音の出し方が違いますね。日本は屈んで稲を植える農耕民族の血が流れ、お寺の鐘で育つ。欧米は狩猟騎馬民族の血が流れ、教会の鐘。その違いが音楽にも表れます。双方のバランスですが、海外で良い点を吸収し、日本フィルなど、日本でも取り入れたいですね」
そんな山田さんはカラヤンらの指揮を真似ることから始め、指揮者を目指した。
「松尾葉子、小林研一郎の両先生に師事したことは僕の最大の幸せです。松尾先生には、音楽には重さがあり、それを掬い取る時、指の間からこぼさないようにと教えられたことが忘れられません。その松尾先生の音楽はお菓子作りのように緻密。小林先生は中華料理のような火加減で、後味が豪快。双方の素晴らしさを学びました」
恩師との幸福な出会いを語りながら山田さんは右手を広げた。そこには「て」という手相が。
「手の中に『て』があるんです」
彼は選ばれた手を持つ、幸運な指揮者だ。
[鼎談]オーケストラの伝達について江口有香×伊藤寛隆×後藤悠仁
日本フィルハーモニー交響楽団ソロコンサートミストレスの江口有香さん、クラリネット首席奏者の伊藤寛隆さん、そしてヴィオラ奏者後藤悠仁さんによる鼎談は、手を眺めることから始まった。
「あまり仲間の手を見ることはありません」
「初めてかも」
「各々の楽器に適した手ではない?(笑)」
指揮者の手はどうだろう。指揮者に向く手、良い手はあるのだろうか。
「指揮者の役割は、彼らの表現を僕達オーケストラからどう引き出すかですから、わかりやすい手がいいですね(伊藤)」
「その点、各楽器を知っている指揮者の指揮は、わかりやすいですね(後藤)」
「それに、少し先の未来が見えてくる指揮が望ましいと思う。それを表現するのが手の振りです(伊藤)」
「私は座っている位置の関係で、右手はあまり見えないのですが、左手は良く見える。でも、手そのものを見るというよりは手から出ているオーラ、空気感を見ている気がしますね。指揮者が発しているものです。だからそれがはっきりしている指揮者の手がいいということになります(江口)」
指揮者自身の存在感でしょうか。
「その人の持っている雰囲気は大事。そこに人間性がなくてはならない。それが手などの表情と一致していることです(後藤)」
「指揮が美しいと雰囲気もいい(伊藤)」
「フィギュアスケート選手だって最後は指の表情で決まるじゃないですか(後藤)」
「指先まで神経の行き届いた指揮は指揮者の人となりもわかりますよね(江口)」
さらに3人が強調したのは、指揮者と団員の信頼関係だ。
「熱い空気があるかどうか。信頼関係は目に見えないが、温度でわかる」
互いの言葉にも熱が籠り、頷き合う3人だ。
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