ロングインタビュー 坂東玉三郎
私はお客様を異次元の本質的な世界、見えない世界に連れていく案内人
実演芸術の灯は決して消えない
「私が演技で一番大事にしていることは、役者を観ながら、あるいは芝居を観ていながら、その奥にある別の世界を感じてもらうことです。眼で楽しんでいるうちは三次元的ですよね。楽しんでいるんだけれど知らないうちにさらに異次元の世界に誘っていく。異次元といっても何も霊的な世界とかそういうのではありません。奥深い人間の本質ということでしょうか。幕があいて観ている世界よりももっと奥に時空を超えた異次元的な世界がある。お客様がそれを感じて体験ができることこそ、素晴らしい舞台だと信じています。例えばなぜ『鷺娘』のような踊りをやるのか?それは非現実の鷺娘を窓口にして、異次元の世界に入り込める。鷺娘が死んでいくことによって人生が見えてきたり、観ている人の中に悲哀を感じて頂いたり、叶わぬものが見えて
きたり...。鳥である必要はないのだけれども鳥であることによって、逆に人間の悲哀や魂や感情が浮き彫りになり、観ている人達の中に入ってくる。ただ綺麗だねで終わっては観る意味はないかもしれません。すべての思いは叶わない、怨んでも怨んでも報われない情念などを清姫を通して表現したり、仏教でいう諸行無常や色即是空の世界を舞台で垣間見て貰いたいのです。それは劇場の中のことだけではなく、自分の人生の問題だし、人間の普遍的なことだと思います。行き着くところは舞台も哲学や宗教と同じなのかもしれません。
華やかな見た目や美しい衣装だったりというのはあくまでも手立てなのです。具体的に目の前で演じられていることの奥にある世界を本当に理解する。もちろんそれが綺麗だとか美しいと感じることも先ずは大事だけれども、舞台の本質は奥にある世界をお客様に感じてもらうことだと私は思っています。そしてそのためには、やはり私自身が人生のすべてを舞台のために捧げないと伝えることは難しいと思います。私はお客様を異次元の本質的な世界、見えない世界に連れていく案内人だと思っています」
奥にある世界があるからこそ、舞台を観て感動して、生き方を見つけたり、悲哀や恋心を感じて、人生により深みをもって生きることができるようになるのだろう。そんな舞台芸術の将来を玉三郎さんはどのように考えているのだろうか。
「舞台に関わる者は本当に頑張らなければと、つくづく思います。実演芸術の灯は決して消えないと思うし、消してはならないものだと思います。歌舞伎などは養成所もいいですけれど、まずは小さな子ども達を集めて踊ったり楽器を演奏したり、そして声を出す場を作らなければならないと思います。小学校などでも音曲などにいつでも触れられたら最高ですね。頭ごなしに教えるということではなく、楽器に触れて〝チン〞、〝トン〞、〝シャン〞とやっているうちに好きになってくる。そうすればお稽古しろと言わなくても勝手に続けられるでしょうし、好きこそものの上手なれということです。これがきっかけとなって志を持って、お稽古を続けて舞台への道を歩んでいく子が一人でも増えて欲しいですね。
歌舞伎は役者300人に対して3000人の裏方が支えて舞台ができ上がります。小道具の職人さんの後継者問題や素材の入手も難しいものもあります。そういったことも含めて、舞台で人と人とが出会い、別の世界を感じてもらうために今われわれが何をしなければならないか、そしてとにかくやってみることが急務だと思います。
最近とても嬉しかったことがあります。ダンスパフォーマンスの世界で二十代三十代の若者が実演することに興味を持って、自分たちで活躍する場を作って頑張っているっていうことを聞きました。さんざんバーチャルだ、デジタルだっていう世界に浸りきって、逆に実演というものを新鮮に感じたり、人と人とが実際に会わなければ生まれない感動や感情の大切さに気づいてきたのかもしれません。これは大きな希望です。私もこれからも人生のすべてを舞台に捧げて、これまで以上に精進していくつもりです。皆様、是非劇場でお目にかかりましょう」
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