SANZUI vol.01_2013 summer

エッセイ

Illustration / Asuka Kitahara

野村萬「伝承に生きる」

私が理事長を勤める能楽協会では、若い世代の観客にアピールするような企画を、若い役員の人たちに考えてもらい、第十一回ユネスコ記念能として国立能楽堂で実施致しました。五つの流儀が、同じ曲、同じテーマで演じるという内容で、これまで避けてきたやり方ですが、演者は互いに競い合う「立ち合い」の心を知り、観客も受身に観るだけではなく、「勝負を判定する」に近い、積極的な関わりを持ち得たようです。能楽の世界に迎え入れたいという思いが若い観客に伝わったと言えるでしょう。

伝承に生きている人間にとっての使命とは、伝えられて来たものを己の舞台表現としていかに時代に位置づけるかです。また、後継者を育てることも大切な役割として担っています。もう一つの、実演家が持つべき重要な要素は、プロデューサーとしての力ではないでしょうか。自己の技芸の研鑽と後継者育成とともに、企画制作力がある。若い人たちに企画制作を委ねたのも、そういった意図からでした。芸団協前会長の中村歌右衛門さんも、お若い頃、「莟会(つぼみかい)」を主催なさっており、この三つのことに挑戦なさったのは、先人として実に素晴らしいことです。

時代に生きるということは、時流に乗るということとは異なります。時流は線香花火に終わってしまうことが多いものですが、伝承は生き続けます。親から子へ、子から孫へ伝えられ、古いものが新しく再生されていく。時代に生きた芸は歴史に残るのです。芸能に感動するということは、心そのものが働いていないと生まれてこないのではないでしょうか。私たちは幼いころから稽古を受け、本能的に身体(からだ)で感じ五感を磨いて来た。そういうものがないと人前で己を晒すことはできません。己の内なるもの、身体の充実感がないと観客を前にすることはできません。能舞台はどこからでも見られるようにできています。そういう空間に耐えられるようにしておかなければなりません。

世阿弥の言葉に「離見の見」というものがあります。己のやっていることを己の外から客観的に見ることを説いた言葉で、「初心忘るべからず」を原点とすれば、この言葉は稽古を積んだ上で発見される境地なのですが、それはまた舞台に向かう観客の視点でもあるのです。そっぽを向いている観客を舞台に向かわせる、劇場空間に招き入れる、招き入れた観客を絶対逃さない芸をやらなければならない。こういったことも実演家の大切な仕事になると思います。私も、たくさんの学校へ行って、小中学生に狂言を観てもらいました。子どもたちにこんなものは二度と観たくないと思わせたらご先祖に申し訳ない。この子どもたちとの一期一会の出会いが自分の人格形成、舞台のバックボーンになって今日を生きています。(談)


のむら まん=重要無形文化財狂言保持者(人間国宝)、日本藝術院会員、文化功労者/芸団協会長