特集 声
Text / Kiyoshi Yamagata
声が出せることがこんなに幸せなんや
僕は浄瑠璃が、舞台がほんまに大好きですねん。
名匠インタビュー 竹本住大夫 文楽太夫
えらいもんを好きになってしもたとつくづく思いますわ。2012年の7月に脳梗塞で倒れて以来、今年1月に舞台に復帰するまで、毎日毎日一日も欠かさずに、朝から暗くなるまで、体のリハビリと声のリハビリを先生について必死に繰り返しました。声が思うように出ませんのです。若い時にお師匠はんに稽古をつけてもろて、何度も何度も怒られながら、繰り返し繰り返して、厳しい修行を続けた時のことが頭に浮かびました。舞台に復帰するかどうか、正直さんざん迷いました。こんな声で舞台に上がって、お客さんの前で恥かくのも嫌やし、でももう一度、舞台でどうしても浄瑠璃を語りたい。その一念ですわ。88歳でこんなに早く回復する人は見たことがないと、先生方が言うてはりました。ほんまに大勢の人の励ましと支えのお陰です。舞台に上がったら、とにかく拍手が凄くて、ちょっと胸が詰まりました。こんなに皆さんが待ってくれてはんねんなあ。声が出せることがこんなに幸せなんやとよう分かりましたし、僕は浄瑠璃が、舞台がほんまに大好きですねん。
僕の声は決して良いほうではおまへん。それでも悪い声やからこれだけしか声がでないというのは、プロとして通用しない。悪い声をいかにして聞き良い声にするか。浄瑠璃は登場人物が老若男女をみんな一人の太夫が語りますが、絶対に"声" では語り分けられない。"イキ" で変えていくんでっせ。情というのも頭で覚え、耳で覚え、体で覚えて自分に染みこんでこそ出てくるのです。色気も出そうと思って出せるもんやない。
先輩から「鼻使え」「眉間から声出せ」とやかましく言われました。下腹と腰に力を入れて、とにかく息をいっぱい吸って、鼻の裏に抜けさせて眉間から声を出します。そうすると高い女性の声が自然と出る。理屈でわかっても体で覚えんとあきまへん。先代の喜左衛門師匠が「お前、鼻使えるようになったな」と言うてくれはった時は嬉しかったです。「イキを詰める」というのも難しい。口を閉じて息を止めたらあきまへん。口を開いたまま詰めるからこそ、浄瑠璃の文章と文章の間の余韻を楽しむように、詞と詞の間、イキを詰めている間に心に響く情がお客さんに伝わります。半音高い声で歌うてるように言いますのが、「イキを浮かしてる」と言いまんねん。
修行に修行して情を声と語りで伝えるのが太夫の商売です。とにかく基本を覚えて基本に忠実に素直にやること。それしかおまへん。そして最後は人間性。愚直に下手にやって上手に聴かせる。僕も倒れたことも含めて、これまでの全てを芸の肥やしにして一度でも多く舞台で語りたい。まだまだ自分もお客さんも納得する100点満点は取れまへん。死んでもまだ稽古に行かなあきまへんやろなあ(笑)。