フライフィッシング
―― ここからが今日のメインテーマなんですが(笑)。テレビの釣り番組に出演されたり、専門雑誌の表紙にもなってしまうほどお好きなフライフィッシングについて教えてください。まず、フライ(擬餌針)から手作りするということですが、大変じゃないんですか?
はい。たいへんですね(笑)。でも、フライを手作りするのも、もちろん釣りも、めちゃめちゃ楽しい。もともと子どもの頃から、海釣りも川釣りも大好きだったんです。自然と遊ぶのがなにより好きでしたね。フライフィッシングを最初にしたのは、丹沢でキャンプをしたときヤマメを釣ったのが初めてでした。しかし そういうふうに釣れるようになるまえに、じつはフライとの出会いがあったんですね。というのは娘がまだ小さい頃に、一緒に奥多摩にドライブに行ったんですね。そこでただボーッと遊んでも仕方ないから、釣り竿でも買おうかと、そこにあった釣り道具屋に入ったんですね。そこに「昆虫」がい~っぱい売ってた。なんで?釣り道具屋に虫があるの?って帰ってから調べたら、それがフライフィッシングに使う擬餌針、毛針だと。そのときの奥多摩では魚は一匹も獲れなかった けど、オタマジャクシと川の石と水を、持っていった水槽に入れて帰ってきた。玄関にその水槽を置いていたら、ある日すごいものを見てしまったんです。それは石に付いていた水生昆虫の幼虫、蜉蝣が羽化する瞬間だったんです。そのほんの数秒のできごとがむちゃくちゃ感動的で、もともと子どもの頃から昆虫採集が 大好きだったし。魚の主食は虫なんだ。あ、そうなんだ。という所から、はまり込んだんですね。
―― しかし、そこからまず釣りではなく、フライづくりから始めたとか?
そうなんです。僕が変わってるのは、まず毛針を巻くことから始めたんです(笑)。毛針を巻く、作ることを「タイイング」って言うんですが、その万力やら針やら、糸やらが入ったタイイングセットを誕生日プレゼントかなんかでもらって、まったく自己流でやってたんですが、さすがに上手くいかないのでビデオや専門書なんかを買ってきて作るようになりました。
―― 伊勢さんのブログによると、風が難敵だと?
だって、川の上には平気で10メートル以上の風がびゅんびゅん吹いている。フライフィッシングの醍醐味は、自分が巻いた毛針だけをつけた長い釣り糸、ラインをその重みだけでキャスティングして、魚が居るとわかっている、あるいは居ると思われる8メートルから10メートル先の川面に落として釣ることなんです。 そこで、本物の虫と僕の毛針の虫のなにが違うかというと、僕の虫には糸が付いているということなんですね。いくら苦心して虫に似せた毛針でも、魚の鼻先を よぎらせるときに、糸の航跡が見えたり不自然な動きになると、あんなのは虫じゃないと魚にはすぐわかってしまう。だから、こうやってこうやって(身振りを 交えて説明する正やん。一生懸命聞く松武委員長)、糸をたるませてループを作って投げたり、曲げたり、たるみをとったり、いろんなことをしながらキャスティングするわけです。だから、それを邪魔する風との闘いが重要になるということです。
―― (は?ハー?。)駆け引きが大事なわけですよね??(なんとなく...)
(さらに、話はより専門的に。)つまり僕は、最初からそういう計算をして落とすわけです。川がこっちから流れているとしたら、まっすぐ投げたら落ちた瞬間に、この流れにビュッて引っ張られるけど、最初からこうやってカーブかけてあげると、ピュンって落ちた瞬間に、この、ここのポコってカーブの部分が押し流される間、そのあいだの数センチ、十数センチは毛針が自然に流れる(さらに身振りを交えて説明する正やん。一生懸命聞く松武委員長)。それが勝負なんです。それが風の向き強さ、魚のいる場所に合わせて、その日だけでなく時間によっても、刻々と状況が変化するわけなんです。そうゴルフと似ているかも知れませんね。完全にスポーツですよね。フライフィッシングには、ドライフライフィッシングと水に沈めて釣るウェットフライフィッシングの2つがあるんですが、 僕は、水面に浮かせたフライを使うドライフライフィッシングが好きなんです。魚がフライを食べに来た瞬間が見えるんです。その瞬間がたまらないんですよ ね。よくぞ俺が作った毛針を食べてくれたって思うと、釣り上げた魚を食べる気にはならないですね。もちろん最初の頃は、釣り上げた魚をちゃんと食べていたんです。変なたとえかも知れませんけど、金魚すくいの金魚って食べる気にならないでしょ?それと同じ。愛しくって。
―― (あ!)つまりキャッチ&リリースですね!?
そう。だからリリースをするんですけど、じつはリリースが一番難しくって、魚の適水温は10度くらいなのに、体温36度の人間が掴んだら魚は火傷のような 状態になる。せっかく逃がしてあげても、元気に帰れないどころか、皮膚病になったり、子孫を増やせなくなったり、死んでしまったりするんです。僕は魚を掴む前に、手を川につけて冷やしておいて、なるべくそっと握って、できれば触らないようにして針を外します。ただリリースするのが素晴らしいこととは思いませんよ。針で傷つけたりするわけですから、魚のことを考えたら、釣りなんかしないのが一番いいんです。でも、釣りをしたい気持ちは抑えられない。だったら、なるべく卵を産んで増やしてくれる状態でリリースしたいと思っているだけです。ですから、釣って食べる釣り師も、僕はぜんぜんオーケーだと思っている んです。ただ僕は食べないし、魚を増やす、少なくともなるべく減らさないという効果は担っているんじゃないかな?ということです。
―― 釣り人として、できる範囲で、環境を守っているわけですよね。
いまあんまり知られていないかもしれませんけど、アユでもイワナでも、ヤマメでも、天然魚って本当に居なくなってるんですね。解禁日って言っても、ほとんどが池で養殖した魚を橋の上なんかからドボドボドボって川に入れている。釣り師は待っていて、「おいもっとこっちにも撒けよ」なんて(笑)。そんなの釣ってもちっとも面白くない。僕は、その川のネイティブが一匹見られたら、もうそれだけで相当満足。魚が釣れてうれしいんじゃなくて、川がまだ生きている、まだそこで自然繁殖のサイクル、環境が残っているという喜びのほうが大きい。ダム、堰堤、護岸、とくに3面護岸なんか本当にひどい自然破壊なんです。
―― 釣りに行く場所は、決まっているんですか?
遠くはあんまりしょっちゅうは行けませんが、一番好きなのは、人工物が見えない自然の川ですね。東北の方とか。(表紙になっている専門雑誌を見ながら)これは伊豆です。実際に行くのは、伊豆が一番多いですね。いまは9月ですけど、もう少し経って紅葉の頃になると、クマ除けの鈴を腰にぶらさげて川に入ったりします。温泉が好きなんで、山奥の湯治場みたいな所に泊まって。だいたい川釣りって、身体が冷えるんですよ。腰くらいまで水につかって何時間というのは当たり前ですから。僕なんか、体重がないから大変なんです。川の流れに持って行かれそうになったり、川底の石がゴロってなったら転んじゃうし、踏ん張んなきゃならないから疲れるし、危ないし。温泉は、必須ですね(笑)。
―― 道具もたくさん要るんですよね?
高いんですよ、これが結構(笑)。時間とお金がかかるということでは、そこもゴルフと似ているかも知れませんね。僕の場合は、どっちにするかってことではなく、釣りを選んだわけですけど。大人の遊びかも知れませんね。コンピュータも好きだし、釣りやキャンプ、自然も好き、正反対のものなんですけど、両方でバランスをとっていないと駄目なんですね。音楽業界でも忙しい人と比べたらラクをしていると思うけど、僕としては一杯一杯で仕事をしていて、おかげでバランスが取れているんじゃないかと思ってるんです。どこかで溜まっていたストレスが、この川に入った瞬間に、一気に、全部がイニシャライズされる。脳が初期化される。その感覚が好きなんですよね(笑)。