PLAZA INTERVIEW

vol.004「12年のピアノリサイタルの「旅」へ」

昨年、デビュー20周年を飾ったピアニストの小山実稚恵さん。1982年チャイコフスキー・コンクール第3位、85年ショパン・コンクール第4位と、日本人として初めて二大国際コンクールに入賞する華々しい経歴をもち、現在も国内外のオーケストラと共演するなど、実力、人気ともに日本を代表するピアニストとして活躍している。しかし、その素顔はまるで少女のように自然で、謙虚。なおかつ思いやりに満ちている。そして、「スポーツ観戦」や「食べること」が大好きと、気さくに語ってくれる気持ちのいい人柄だ。トリノ・オリンピックで荒川静香選手が金メダルを取って間もない日、お宅に伺うと「あの日はもちろん眠らないで観てましたよ」とさりげなく話題に序奏をつけ、ニコニコ顔で迎えてくれた。年間60回ほどにもなるという演奏活動の苦労話、「ピアノ」という大きくて、繊細で、御しがたい楽器との対話、さらに、今年春から12年にわたって計画している壮大なリサイタル・シリーズなどについて、社団法人日本演奏連盟事務局長でCPRA広報委員の菊地一男委員がうかがった。
(2006年03月16日公開)

Profile

ピアニスト
小山実稚恵さん
6歳からピアノを始める。東京藝術大学、同大学院修了。第7回チャイコフスキー国際ピアノコンクールピアノ部門第3位、第11回ショパン国際ピアノコンクール第4位。両コンクールに初めて入賞した日本人として脚光を浴びる。国内外の主要オーケストラや指揮者との共演、全国各地でのリサイタルなどの他、バッハやブラームスの作品をシリーズで演奏するなど、意欲的な音楽活動を展開している。

スポーツとピアノに共通するものは

―― スポーツ観戦にはよく行かれますか。
テニスとかバレーボールはよく観に行きますね。テレビで見るのとは違ってコート全体が見渡せ、その中から自分の目で一つ一つのプレーをクローズアップしていくので、何故あのボールがあの位置に行って、何故レシーブできなかったのかなど、試合の流れが途切れずによくわかるんです。もちろんフィギュアも大好きです。フィギュアは、技術的なポイントと芸術的なポイントがあって、それをうまく調和させて美しさを表現するというところなど、ピアノの演奏と似ていると思いますね。

―― 他のスポーツにもピアノとの共通点が?
スポーツ選手というのは、ある日ある時の競技会にむけてコンディションを整え、自分を高めていくでしょ。そういうところが、演奏会にのぞむピアニストと似ているような気がします。

―― 演奏会は「試合」ですか。
そう。でも、私はピアノでよかったなと思います(笑)。あんな寒いところで転べば痛いし、誰が見ても「失敗だ」ってわかってしまいますよね。その点ピアノは曲そのものの音楽性があるし、小さなミスタッチがあっても流れで弾いていけますから。まあ、心は痛みますけどね(笑)。

004_pho01.jpg ―― ピアニストの対戦相手はピアノですか?
ときには対戦相手にもなり、ときには仲間にもなり。もちろん、作曲家であったり、時代背景であったり、 ほかにもときによって敵味方両面を持つ要素はありますが...。ピアノはなかなか気難しい面がありますね。ちょっとしたことで微妙な変化があるんです。温度や湿度など、天候で音は全然違ってきます。何しろ、木、金属、布・織物、その他大小様々な部品でできてますから。ホールのお客さんとの関係でも変わります。冬は厚手な服を着てらっしゃるので音が吸われるとか。あと、ピアノを置く位置が5㎝ずれるだけでも、音が違ってくるんですよ。

「ピアノ」という楽器を弾くこと

―― 一般に演奏家は自分の楽器を持って歩いて弾くわけですが、ピアニストは演奏会場にあるピアノを弾かなければなりませんね。そのピアノとの相性というのは?
会場へ行って弾いてみて、「あ、このピアノとは相性の悪い曲をプログラムに入れちゃったな」とか思うことはありますね。響きがほしい曲だったのにホール自体もあまり鳴らなかったりするとさあ大変!そんなときは、ペダルの量で音の響きを加減したり、タッチを微妙に変えたりして調整するんです。

―― 微妙ですね。
新品だからいいという訳ではないんですよ。
車なんかでもそうだと思うんですが、使いこんでいくうちに本来の性能が引き出されて安定してきますね。年に10回ぐらいしかプロのピアニストが演奏しないようなピアノだと最初は楽器が眠ってるんです。弾いてるうちにだんだんピアノが目覚めてきて、音が変わってくるのがわかります。だから、ホールの人が「誰にも触らせませんでした」なんてピアノを大切にされちゃうと、かえって台無しにしてしまうことになるんです(笑)。

―― そうなると、ピアノをチューンナップする人、つまり調律師は大事ですね。
そうですね。調律師さんとの相性は重要ですね。いい調律師さんは楽器のことをよくわかっていて、素早くそのピアノの個性を見抜けて、音作りのためのいろんな技を持っている人ですが、その上で演奏する人の音楽をよくわかってくれる人でないとだめなんです。こっちも、相当あいまいな表現で注文を出すんですよ。「シャーベットみたいなさわやかな透明感がほしい」とか「もっちりと」とか「ジューシーに」とか(笑)。

004_pho02.jpg ―― 調律次第でピアノの音がまったく別物になってしまいますね。
ちょっと専門的になってしまいますが、平均律というのは1オクターブの間にある12の音(白鍵と黒鍵を足した数)をうまく分割してなるべくきれいに響かせるようにするということなんですが、単純に12分割すると物理的にどうしても濁った音になってしまうんです。そこをどうやってきれいに響くように作っていくか、しかも、一人一人のピアニストの弾き方も違うわけですからそれも考慮して調律師さんは音を合わせていくんです。だから、ピアニストは調律師さんと力を合わせて、自分の好きな音、必要な音に近づけていくわけですね。

気分転換は「食べること」?

―― 1年60回もの演奏会は大変だと思いますが、オフのときの気分転換はどのように?
食べることは好きですね。よく食べます(笑)。音楽家はよく地方に出かけるので、食べることが趣味になりがちです。それも、演奏会が終わった夜遅くに。健康によくないですね(笑)。家にいるときは本を読んだり、テレビを見たりするぐらいでしょうか。

―― CDなどで音楽を聴くことは...。
意識的に聴こうとすることはほとんどないですね。レストランでBGMがかかっていても「あれ、誰が演奏してるんだろう」って気になっちゃうので、リラックスするために音楽を聴くということはあまりないです。

―― ご自分の演奏を聴きなおすことも?
ありません!悪かったところばかりよみがえって、どうして聴けますか(笑)。でも、私はほとんどいつも、頭の中でピアノを弾いてるんです。「ここはこうだな。こう弾きたいな」なんて思いながら。実際に弾くには、伝える技術がともなわないとだめでしょ。「ここはフォルテッシモでいきたい」と思ってもリスクを考えて抑えちゃったり、絹のようなピアニッシモにしたいと思っても、音がかすれちゃうかも。でも、頭の中なら思いどおりに弾けますからね。新幹線に乗ってるときなんか、バンバン頭の中で鳴らしてますよ(笑)。

004_pho03.jpg ―― 演奏会で舞台に立つ直前などは、どのように過ごされているのですか。
あがらないようにおまじないをする人もいますけど、私は楽屋をちょっときれいにするぐらいかな。あまり散らかってると、ピアノも散らかりそうな気がして(笑)。でも、私は割りと演奏会の前は集中できる方ですね。面白いのは、レコーディングなどで人のいないホールで弾く方が物理的には静かなはずなのに、人が大勢いても集中して静かにしているときの方がより静かに感じるんですよ。そういう感覚は、コンサートでしかないですね。心していないと、こっちもホールの雰囲気に流されてしまうんです。なかなかむずかしいですけどね。

12年にわたるリサイタルの「旅」へ

―― ところで、今年の6月から、春と秋の年2回、12年24回にわたる壮大なリサイタルをオーチャードホールで計画されていますね。
ピアノにはいい曲がいっぱいあるんですけど、普通の演奏会ではだいたい1年ごとのスパンになってしまうんです。だから、弾きたいのに弾けない曲がいっぱいあるんです。そこで、12年という年月の中で、リサイタルを構想してみようと思ったんです。

―― すると、普段のコンサートなどでは弾かないような曲も、演奏していくのですか。
はい。24回のシリーズの中でなら意味があるけど、単体で出したらちょっとという曲もあります。どうしてもリサイタルで弾いてみたいという曲もありますしね。

―― 12年24回という数字には何か理由があるんですか?
1オクターブは12音あって、それぞれに長調と短調とあるから24の調がありますね。また、1日は12時間が2回あって24時間だし、1年も12ヶ月。そのへんに自然のリズムを感じて、12年でひとつの旅をするというコンセプトのプログラムにしたんです。

―― 何やら秘密めいた感じがしますね。
はい。24回のリサイタルには、秘密がいっぱいこめられてるんです(笑)。謎解きをわかって聴いていただいてもいいし、わからなくて聴いていただいてもいいと思っています。

―― 楽しみにしています。今日はありがとうございました。

(文責:CPRA WEB編集室)

⇒Bunkamuraオーチャードホール

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