CPRA Talk

Interview.003

クラウドコンピューティングについて、村井純氏に聞く

最近、「クラウドコンピューティング」(※1)という言葉を耳にすることが多い。企業・自治体等が個別に運用していたサーバーをデータセンターに集約することで、環境負荷を低く抑え、業務を効率化し、情報の集約化や共有を可能にするなど、クラウドコンピューティングがビジネス、生活にもたらすメリットは大きいと期待されている。最近では、クラウド型音楽配信サービスもいくつか出現し、クラウド上に複製されたコンテンツを、ユーザーの手許にある端末機器にダウンロードしなくても楽しめる、という新しいコンテンツの楽しみ方を提案している。 CPRA TALK第3回目では、我々実演家にも大きな影響を与えると思われる「クラウドコンピューティング」について、1984年に日本の大学間ネットワークJUNETを設立し、日本のインターネットの礎を築いた村井純、慶應義塾大学環境情報学部長・教授にお話しを聞いた。
(2011年12月21日公開)

「クラウドコンピューティング」が持つ意味

インターネットはコンピュータをつなぐ技術として生まれ、段々と世界に広がっていきました。先日発表された統計によれば、2010年末時点でインターネットユーザーが20億人を突破し、10年以内には50億人に達するそうです。現在、世界の人口が70億人ですから、その約7割がインターネットを使うことになる計算です。したがって、今後は専門家だけでなく、子供からお年寄りまであらゆる人がインターネットの恩恵を受けられるようにしなくてはなりません。クラウドコンピューティングでは、ユーザーのパソコンにデータを保存する必要がありませんから、立派なサーバーがなくても、画面とネットワーク環境さえあれば様々なサービスを利用して、インターネットが楽しめるようになります。さらに、クラウド上において複数のコンピュータがつながることによって、大量のデータを処理することが可能になります。クラウドコンピューティングは50億人のインターネット時代への大きな一歩と言えます。
また、これまでインターネットは技術面ばかり議論されてきましたが、クラウドコンピューティングは、どういった約束でどういったサービスを提供するかが本質となり、その裏の技術的「からくり」は意識されません。そのため、専門家だけでなく人間・社会の目線でインターネットを議論できるようになります。

著作権・著作隣接権の存在が日本発クラウド型サービスの発展を妨げる!?

米国企業が提供するクラウド型音楽配信サービスが日本で始まっていないことについて、「日本の権利者が、自分たちが音楽を楽しむのを邪魔している」というユーザーもいますが、それは間違っていると思います。こうしたサービスはまだ実験段階のため、まずは実施してみて、訴えられたら考える、という米国と異なり、遵法意識が高くグレーゾーンに踏み込まない日本では、サービスを提供しないよう、クラウド型のサービスを提供しようとしている企業側が自主的に線引きしているだけだと思います。

クラウドコンピューティング、インターネット配信が実演家にもたらす可能性

クラウドコンピューティングを活用することによって、例えばロンドンでロケをしなくても、実際にロンドンにいたかのような映像を容易に作ることもできますから、コストの削減ができます。また、大量のデータを高速で処理できるので、映像や音の加工、検索が非常にスムーズにできるようになります。このようにクラウドコンピューティングは、イマジネーションを形にするという芸術家、実演家の仕事を格段に容易にし、創作・創造活動に無限の可能性を与えてくれます。
また、インターネットの普及により、音楽を聴きたい人と音楽を結びつけるチャンスが広がりました。ひとたびインターネットでつながれば、ファンやリスナーを増やしたり、様々な可能性が出てくると思います。
アルバムが主だったパッケージと異なり、インターネットでは一曲ごとの配信が主となります。そのため、わかりやすい曲、とっつきやすい曲だけが売れて、何度か聞かないと良さがわからない曲に出会える楽しみが減るおそれはあります。この点は何らかの工夫が必要でしょう。例えば、ヒット曲をサンプラーとして撒き、ファンになってもらって、他の曲も聴いてもらえるよう誘導するというのもあるのではないでしょうか。
インターネットは国境を越えたコミュニケーションを容易にしますが、国内・国外という小さな枠に捕らわれず、あらゆる層の人があらゆる場面で音楽を楽しめるようにすることを目指していただきたいと思います。

権利者に適切に対価が還元される環境をつくるには

私が主査を務めている「情報通信審議会 情報通信政策部会 デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」が、平成19年に行った第四次答申「デジタル・コンテンツの流通の促進に向けて」では、コンテンツ大国に相応しい、多様で豊かなコンテンツの製作・流通を促進していくためには、「多くの才能ある若者の、コンテンツを創作する職業を選択するインセンティブを絶やさないことが重要であり、そのためには、i) コンテンツを尊重(リスペクト)し、これを適切に保護すること。ii) その創造に関与したクリエーターが、適切な対価を得られる環境を実現すること。を基本的な姿勢として、それぞれの課題を検討することが必要である。」と指摘しています。この答申に向けて、ダビング10(※2)について検討しましたが、その後、コンテンツをとりまく具体的な状況が変わっても、この基本認識は変わらないと思います。むしろ、当時は技術の限界から譲れなかった点についても、より柔軟に対応できるようになっているのではないでしょうか。
すべてのコンテンツがオンライン上で流通する方が、権利管理がずっと容易になります。従来のように様々なメディアが乱立した状況では、整理するのも難しかったし、抜け道も作りやすかったと思います。クラウド型サービスであれば、誰がどこで音楽を聴いているか把握できるので、例えば年に5回までなら同じ曲をコピーできる、といったルールを着実に実施する仕組みをつくることもできます。こうした仕組みを作ってしまえば、その中で音楽を聴くたびに対価を支払って、楽しむという文化がユーザーに浸透していくのだと思います。したがって、まずは権利者とプラットフォームとの間で、コンテンツを利用する約束事と、それが担保される権利行使の方法を決めることが大切です。デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会は、権利者、事業者、消費者など、ステークホルダーが一堂に会して議論できる場として貴重な場であったと思います。その場も含め、これと同じような場を通じて、議論する必要があるのではないでしょうか。
次世代が勇気をもってコンテンツ創作という職業に挑戦できる環境作りには、教育も貢献できると思います。
私が所属する慶應義塾大学環境情報学部では、来年秋に「うた」という講義を開設する予定です。同学部卒業生であるゴスペラーズ・北山陽一氏を招いて、人と人とをつなぐコミュニケーションとしての「うた」の力について検証していこうと思っています。

Profile

村井純(むらいじゅん)
工学博士、慶應義塾大学 環境情報学部長・教授
1984年日本の大学間ネットワークJUNETを設立。1988年インターネットに関する研究プロジェクトWIDEプロジェクトを設立し現在はファウンダーとして指導にあたっている。 2000年~2009年内閣府高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)有識者本部員。内閣官房 情報セキュリティセンター 情報セキュリティ政策会議 委員、(社)情報処理学会フェロー、日本学術会議連携会員。内閣他各省庁委員会の主査や委員等を多数務め、国際学会等でも活動。元ICANN理事、元ISOC理事、元IABメンバーなど国際学会でも活躍する。2005年Jonathan B. Postel Service Award、2007年 第6回情報科学技術フォーラム(FIT2007)船井業績賞、2011年IEEE Internet Award受賞。

GUIDE/KEYWORD

クラウドコンピューティング(※1)
データサービスやインターネット技術などが、ネットワーク上にあるサーバー群(クラウド(雲))にあり、ユーザーは今までのように自分のコンピュータでデータを加工・保存することなく、『どこからでも、必要な時に、必要な機能だけ』を利用することができる新しいコンピュータネットワークの利用形態(高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部『i -Japan戦略2015~国民主役の「デジタル安心・活力社会の実現を目指して~」』2009年7月6日、用語解説より抜粋)

ダビング10(※2)
日本のデジタルテレビ放送の著作権保護のためのしくみの一つで、主に地上デジタルテレビ放送(NHKと無料民放)で2008年7月4日以降新たに運用されているコピー制御の名称。ダビング10対応番組をダビング10対応機器のハードディスクに録画した場合、ハードディスクからDVDなどへのダビングが「コピー9回+ムーブ(ハードディスクに録画された番組のデータを削除すると同時に、他の録画媒体に移動すること)1回」可能である。総務省の諮問機関である情報通信審議会が、コンテンツに対するリスペクト、利用者の利便性確保と技術進歩に伴うコンテンツの楽しみ方の多様化、2011年のデジタル放送への完全移行に向けての受信機普及の視点という考え方の下、従来のコピーワンス(1回だけ録画可能なコピー制御方式)に代わるものとして提案した。

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