レコード演奏・伝達権の創設に向けて―BGM利用における実演家の権利を考える―
法制広報部 君塚陽介
令和5(2023)年度文化審議会著作権分科会「政策小委員会」では、「レコード演奏・伝達権」の問題が取り上げられた。
この「レコード演奏・伝達権」の創設に向けては、芸団協CPRA30周年記念事業オンライン・セミナーのテーマとしても取り上げている。
そこで、レコード演奏・伝達権をめぐる最近の議論の動向を紹介したうえで、オンライン・セミナーの内容にも触れながら、今後について考えてみたい。
議論の動向
レコード演奏・伝達権の創設は、旧著作権法から現行著作権法への全面改正における議論が行われていた当時から要望してきたものである。例えば、1968年に公表された著作権法の全部を改正する法律案(第三次案)に対して、二次使用料請求権の及ぶ範囲を放送・有線放送に限定することなく、レコードを営業上の不可欠の要素として公衆に聴取させるために提供した者も二次使用料を支払うべきと要望している※1。1970年に現行著作権法が成立した後も、『知的財産推進計画』の策定に向けた意見募集など機会があるごとにレコード演奏・伝達権の創設を要望してきた。
後で見るように日本が国際的に遅れをとっている状況は、問題視されるようになり、2019年2月に発効した日EU経済連携協定(EPA)においても、公衆への伝達におけるレコードの利用についての十分な保護について討議するとされており、レコード演奏・伝達権の創設は喫緊の課題と位置付けられることとなる。また、IFP(I 国際レコード産業連盟)などの国際団体も、日本におけるレコード演奏・伝達権の創設を要望してきた。
このような状況の中、2021年7月に文部科学大臣から文化審議会に対して「デジタルトランスフォーメーション(DX)時代に対応した著作権制度・政策の在り方について」諮問が行われると、著作権分科会において審議が進められることとなる。令和5(2023)年度は、著作権分科会に「政策小委員会」が、新たに設置されることになり、DX時代におけるクリエイターへの適切な対価還元方策について審議することになる。そして、2023年11月17日開催の第1回会合では、DX時代におけるクリエイターへの適切な対価還元方策に関連する諸制度の在り方として、「レコード演奏・伝達権」が取り上げられた。
2024年2月28日開催の第5回会合では、レコード演奏・伝達権に係る諸外国調査、日本におけるレコード演奏・伝達権に関する市場調査、一般国民、個人の音楽クリエイターなどへのアンケート調査及びBGM配信事業者へのヒアリング調査の結果についての発表があり、議論が行われた。政策小委員会による審議経過報告が取りまとめられ、レコード演奏・伝達権については「今期確認した論点及び審議の経過等を踏まえ、論点の検討をさらに深めていくことが期待される」としている※2。
また、与党でも、レコード演奏・伝達権の問題が取り上げられており、2024年5月28日に自民党知的財産戦略調査会が取りまとめた提言において、「店舗等におけるレコード(原盤)の演奏や公の伝達に関し、国際的な著作権制度との調和等の観点のほか、報酬請求権の導入に係る関係者の合意形成の見通しや円滑な徴収・分配体制の見通し等を踏まえつつ、実演家及びレコード製作者への望ましい対価還元の在り方の検討を加速化すべきである」としている※3。
そして、2024年6月4日に知的財産戦略本部が策定した『新たなクールジャパン戦略』では、政府の取組として「店舗等におけるレコード(原盤)の演奏や公への伝達に関し、国際的な著作権制度との調和等の観点のほか、報酬請求権の導入に係る関係者の合意形成の見通しや円滑な徴収・分配体制の見通し等を踏まえつつ、実演家及びレコード製作者への望ましい対価還元の在り方について検討する」とされている※4。
では、政府全体として取り組むべき課題のひとつとなった「レコード演奏・伝達権」について、これまでの議論やオンライン・セミナーの講演動画から、今後、どのように考えることができるのだろうか。
国際的な著作権制度との調和
PPLのCEOであるPeter Leathem氏によるオンライン・セミナーの講演動画では、イギリスにおけるレコード演奏・伝達権の創設から、現在の徴収・分配実務までを知ることができる。
イギリスにおいてレコード演奏・伝達権が認められたのは、1934年にまで遡る。当時の1911年著作権法の下、いくつかのレコード会社が、許諾を得ることなくレコードを再生していたコーヒーショップに対して訴訟を提起し、レコードの再生について権利があることの確認を求めたのだ。この判決において、レコードの再生演奏について、レコード製作者に権利が存在することが認められ、イギリスが、レコード演奏・伝達権を認めた最初の国となった。そして、この権利を管理するためにPPLが創設されることになる。
イギリスでは、現行の1988年著作権、意匠及び特許法にレコード演奏・伝達権が明確に位置付けられている。すなわち、イギリスではレコードは、著作権による保護を受けており、放送や公衆への伝達について排他的権利を有することが明確になっているとともに、実演家に対しても録音物の利用に係る衡平な報酬請求権として、レコードの著作権者であるレコード製作者に対して報酬を請求することができるのである。
国際的な状況については、オンライン・セミナーのパネルディスカッションにおける中井秀範芸団協CPRA運営委員会副委員長による基調講演からも知ることができる。
レコード演奏・伝達権は、1961年に成立したローマ条約にも位置付けられ、欧州を中心に法制化されていく。また、1996年に成立したWIPO実演・レコード条約(WPPT)においてもレコード演奏・伝達権は位置付けられ、世界142カ国において導入されている(IFPIによる調査資料より)。
欧州の主要な国の状況を見ると、イギリス、フランス、ドイツ、オランダでは、実演家に対して報酬請求権として認められており、レコード製作者については、イギリスのみが許諾権となっている。徴収に当たっては、実演家とレコード製作者で構成される集中管理団体が徴収を行っていたり、実演家の団体とレコード製作者の団体が、徴収団体を別に設立するなどの徴収体制が整えられ、運用されている。
また、アジア諸国の状況を見てみると、韓国、中国、台湾、ベトナム、フィリピン、タイ、マレーシア、インドネシア、シンガポールなど多くの国でレコード演奏・伝達権は導入されている。特に韓国では2009年にレコード演奏・伝達権が導入されると、2016年には対象範囲の拡大が行われている。また、中国では2020年改正により、シンガポールでは2021年改正により、レコード演奏・伝達権が導入されており、日本は、アジア諸国においても遅れをとっている状況にあることがわかる。
「附則14条」廃止の議論から学ぶこと
実演家及びレコード製作者のレコード演奏・伝達権の創設に向けては、日本にかつて存在した、いわゆる「附則14条」を忘れてはならない。この附則14条の廃止に向けた取組については、オンライン・セミナーのパネルディスカッションにおける露木孝行JASRAC常任理事の基調講演から知ることができる。
1899年に制定された旧著作権法では、録音物の再生演奏と生演奏との区別はなかった。ところが、ドイツ人のプラーゲが、日本国内において、外国人の音楽著作物の代理人として活動し、放送などにおいて外国曲が使われなくなるという状況が生じた。そこで、このような、いわゆる「プラーゲ旋風」に対処するために、1934年の旧著作権法改正により、レコードの放送や再生演奏は自由とされた。この規定の趣旨は、1970年の現行著作権法への全面改正の際に「附則14条」として引き継がれ、録音物の再生演奏について著作者の権利は、大幅に権利制限された。すなわち、録音物の再生演奏について著作者の権利が認められるのは、①音楽喫茶など音楽を鑑賞させる営業、②客にダンスをさせる営業、及び③音楽を伴う演劇、演芸、舞踊など芸能を見せる事業の3つの利用形態に限定されたのである。
附則14条は、当分の間の経過措置とされ、著作権審議会などで廃止に向けた議論が進められた。1996年には、WTO(世界貿易機関)の場において当時のEC(欧州共同体)からベルヌ条約違反などの指摘もなされ、1998年に著作権審議会は、演奏権管理の円滑な実施に向けて十分に配慮すべきと付言しつつも、早急に附則14条廃止が必要と結論付けた。これを受け、1999年に著作権法が改正され、附則14条は削除された。この削除に至るまでには、
現行著作権法の制定から30年、旧著作権法の時代から数えると65年もの年月を経たことになる。この附則14条廃止に向けた取組は、実演家及びレコード製作者に対するレコード演奏・伝達権の創設に向けても示唆するところが多いものと言えるだろう。
円滑な徴収と分配に向けて
附則14条の廃止にあたって、著作権審議会では、社会的な影響への配慮や利用者との十分な協議の上での円滑な管理開始が求められた。また、オンライン・セミナーのパネルディスカッションにおいても、レコード演奏・伝達権が創設された場合に、しっかりと徴収の仕組みを考えたい、との発言も聞くことができる。
レコード演奏・伝達権に基づく使用料は、どの程度の規模なのであろうか。パネルディスカッションでは、実演家とレコード製作者とを合わせて、イギリスで約164億円、フランスで約141億円、ドイツでも約51億円が徴収されていることが紹介されている(IFPIによる2022年調査より※5)。では、日本では、どの程度の規模となるのだろうか。著作権分科会「政策小委員会」では、日本レコード協会、日本音楽事業者協会及び日本音楽制作者連盟による市場調査について報告されている※6。こ
の調査結果からは、レコード演奏を行っている事業所の割合は、全業種平均で29.7%であり、事業所数で約157万事業所と推計されている。また、音源の種類としては、「CD・レコード」(27.8%)、「音楽専門の有料チャンネル」(23.6%)、「プラットフォーム関連サービス」(23.1%)の順となっており、JASRACによる使用料規程に基づいた場合、日本国内における市場規模は、有線音楽放送等の元栓徴収可能な形態は元栓徴収し、それ以外を蛇口処理とした場合には、およそ68億円と推計している。
レコード演奏・伝達権が創設された場合、どのような円滑な徴収体制が考えられるのであろうか。PPLの講演動画からは、イギリスの状況を知ることができる。PPLと音楽著作権の集中管理団体であるPRSとの間では、2018年に合意に至り、合弁会社であるPPLPRS Ltdによって、ワン・ストップ・ショップによる権利処理が実現されている。また、著作権分科会「政策小委員会」では、文化庁が委託したレコード演奏・伝達権の諸外国調査について
報告が行われており※7、欧州における徴収体制について、EUのレポートから※8、4つのモデルが紹介されている。すなわち、①合弁モデル、②分担モデル、③ワンストップモデル、④混合モデルである。
また、分配については、どのようになっているのだろうか。PPLの講演動画からは、多数に上る利用者による利用状況の全てを把握することが極めて困難な状況がありながらも、利用報告や市場調査などを通じた取組のほか、フィンガープリント技術を活用し、分配業務をサポートするための取組が行われていることを知ることができる。また、露木孝行JASRAC常任理事の基調講演でも、徴収された使用料の分配精度の向上に向けて、店舗での音楽利用についてフィンガープリント技術を利用して実証実験を行ったことに触れられている。
関係者の理解に向けて
パネルディスカッションでは、附則14条の廃止までには、かなりの時間がかかったものの、廃止に向けて議論が進んだのは、利用者による理解が進んだことが一番大きかったという。また、レコード演奏・伝達権の創設に向けた普及啓蒙が後の徴収にもつながりうるため、一般に向けて分かり易い説明もしていきたい、との発言も聞くことができる。
では、現状、レコード演奏・伝達権について、どのように理解されているのだろうか。著作権分科会「政策小委員会」では、一般国民に対するBGM利用へのニーズやレコード演奏・伝達権の認知度など、今後の施策の検討に資する知見を抽出するためウェブアンケートの調査結果の報告が行われている※9。
調査結果からは、BGMの利用に対して、作詞家・作曲家などの著作者には権利が認められていることを知っていたとの回答は66.0%もあり、しかも、このような権利に基づいて作詞家・作曲家などの著作者に対価を支払うことは妥当であると回答したのは、86.2%にも上っている。
これに対して、BGMにおける音楽利用について、歌手や演奏家などの実演家やレコード会社などのレコード製作者については、どうだろうか。現行著作権法では、実演家及びレコード製作者には、レコード演奏・伝達権は認められていないが、一般国民に対するアンケート調査結果では、「レコード製作者には権利が与えられていないが、実演家には権利が与えられていると思っていた」(18.0%)、「実演家には権利が与えられていないが、レコード製作者には権利が与えられていると思っていた」(12.0%)及び「実演家とレコード製作者には、BGM使用の対価を求める権利が与えられていると思っていた」(51.0%)という誤った理解が、合計で81.0%にも上っている。
しかしながら、BGM利用に対して、今後、実演家やレコード製作者を加える方が望ましいか、望ましくないかを尋ねると、「望ましい」との回答(62.4%)が、望ましくないとの回答(37.6%)を上回っている状況にある。
今後に向けて
著作権分科会「政策小委員会」では、レコード演奏・伝達権に関して、個人の音楽クリエイター(作詞家・作曲家、実演家)に対するアンケート調査結果も報告されている。
アンケート調査結果では、BGM利用について、歌手や演奏家などの実演家やレコード会社などのレコード製作者に権利が与えられていないことを知っていたとの回答が31.3%あるものの、「レコード製作者には権利が与えられていないが、実演家には権利が与えられていると思っていた」(12.8%)、「実演家には権利が与えられていないが、レコード製作者には権利が与えられていると思っていた」(17.5%)及び「実演家とレコード製作者には、BGM利用の対価を求める権利が与えられていると思っていた」(38.3%)と、回答者の合計68.6%が正確に理解しておらず、個人の音楽クリエイター自身も十分に理解していない状況が窺われる。
しかしながら、知的財産戦略本部が策定した『新たなクールジャパン戦略』を踏まえて、「レコード演奏・伝達権」は、政府全体として取り組むべき課題のひとつとなっている。そして、BGMをはじめとする、音楽の利用は日常生活やビジネスにとって必要不可欠なも
のと言えるだろう。このような店舗などにおける音楽の必要性や果たす役割に鑑みれば※10、その音楽に参加する実演家やレコード製作者に対価が還元されるべきである。レコード演奏・伝達権の創設に向けて、一般国民への理解を促すとともに、実演家及び権利者からもより一層声を上げる必要がある。
本稿で紹介したオンライン・セミナー動画は、芸団協CPRA30周年記念特設サイトから、見ることができる。公開期間は、2024年10月までの予定だ。
【注】
※1 日本芸能実演家団体協議会及び日本蓄音機レコード協会(現在の日本レコード協会)「著作権
法の全部を改正する法律案(第三次案)に対する意見書」(昭和43年2月7日) (▲戻る)
※2 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/bunkakai/69/pdf/94022801_03.pdf (▲戻る)
※3 https://storage2.jimin.jp/pdf/news/policy/208366_1.pdf (▲戻る)
※4 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2024/pdf/siryou4.pdf (▲戻る)
※5 1ユーロ=138.3円で換算 (▲戻る)
※6 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/seisaku/r05_05/pdf/94011001_02.pdf (▲戻る)
※7 報告書は、文化庁ウェブサイト(https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/chosakuken/pdf/94035501_02.pdf)に掲載 (▲戻る)
※8 レポート自体は、European Commission et al., Study on the International Dimension of the Single Equitable Remuneration Right for Phonogram Performers and Producers and Its Effect on the European Creative Sector? Final Report, Publications Office of the European Union(2023),(https://op.europa.eu/en/publication-detail/-/publication/62798289-dccd-11ed-a05c-01aa75ed71a1/language-en)を参照 (▲戻る)
※9 報告書は、文化庁ウェブサイト(https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/chosakuken/pdf/94040701_01.pdf)に掲載 (▲戻る)
※10 店舗におけるBGMの効果については、榧野睦子「なぜ、お店で音楽を流すのか-BGMがビジネスに与える効果とは-」CPRAnews第94号(2019)参照 (▲戻る)