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生成AIと実演―パブリシティ権を巡るアメリカの動向―

著作隣接権総合研究所 榧野睦子

生成AIを用いて特定の歌手の歌声や声優の声を再現するサービスが広がりを見せている。
アメリカでも、2023年4月、ヒップホップアーティストのDrakeとThe Weekndの歌声をAIにより模倣して制作された楽曲がSNS上で公開され、所属レコード会社の要請により削除されるまでに1000万回以上再生される等、関係者に大きな衝撃を与えた。同年10月には、トム・ハンクスのフェイク動画がオンライン広告で不正使用され話題となったが、著名な俳優に限らず、一般人の間でも、AIによる画像処理を用いた悪質な映像の捏造、ディープフェイクは深刻な問題となっている。
アメリカにおける声や肖像を生成AIによる不正利用から守るための取組を紹介する。

実演家、関連業界からの働きかけ

2023年11月、43年ぶりの長期間にわたるストライキを経て、映画俳優組合・米国テレビラジオ芸術家連盟(SAG-AFTRA)が全米映画テレビ制作者連盟(AMPTP)と新たな労働協約を締結し、映像作品におけるAI技術の使用に関して、初めて包括的なルールが定められた※1。SAG-AFTRAは俳優の組合という印象が強いが、歌手等も組合員に擁しており、2024年4月に、メジャーレーベルとの間で締結した協約では、録音物におけるAIの使用に関して合意している※2。この協約では、特定のアーティストの歌声のデジタルレプリカを録音物に使用する場合には、リリース前に、詳細を明記した書面を提示してアーティストの合意を得ることや、補償額についての最低条件を定めている。また、特定アーティストの歌声の再現ではない、生成AIによる合成の歌声を録音物に収録する場合にも、生身の実演家による収録と同様に、協約上のルールに則り、報酬を支払うこととしている。

SAG-AFTRA執行部のトップであるDuncan Crabtree-Ireland氏は、連邦上院司法委員会プライバシー・技術・法小委員会の公聴会において、アーティストにとって、声や肖像は長い時間をかけて投資をし、多大な努力をして築き上げてきた自身のブランド、アイデンティティの礎であるから、アーティスト本人が生成AIによる利用をコントロールできず、適切な補償を受けられないのは道義に反しており、違法とすべきであると主張した。そして、AI技術を規制しないままでいることは、アーティストだけでなく、すべての人にとって脅威であり、州ごとに異なる法で声や肖像を保護することには限界があるとして、連邦法での保護を求めた※3

2023年3月、音楽産業を中心に40を超える団体の賛同を得て立ち上げられたHuman Artistry Campaign※4は、2023年10月末時点で34カ国170以上の団体にまで支持を拡大している。同キャンペーンはAI技術利用原則の一つとして、「著作物並びにプロの実演家の声及び肖像の利用には、全ての権利者からの許諾及び自由市場におけるライセンスを必要とすること」を提唱しており、実演家やスポーツ選手の声と肖像は合意を得てのみ利用され、一定の利用に対しては適正な市場価格での補償がなされるべきであるとしている。

Review05_image-1.jpg多数の実演家がNo AI FRAUD Act の支持を表明
https://www.humanartistrycampaign.com/noaifraud

法律でまもる、連邦・州の動き

氏名、肖像等の無許可での商業利用を防ぐパブリシティ権は、日本では最高裁判所で認められた権利であるものの、法律では明確に規定されていない。一方、この権利を最初 に提唱したアメリカでは、2020年時点で35の州で認められ、このうち25の州では制定法がある※5というが、連邦法では保護されていない。音楽産業を中心とした積極的なロビイング活動を受けて、立法の動きも出てきている。2023年10月、Chris Coons連邦上院司法委員会知的財産小委員会委員長らが、生成AIの不正利用から、個人の声及び肖像を守ることを目的に、NO FAKES法案(Nurture Originals, Foster Art,and Keep Entertainment Safe Act)を発表した。同意を得ずにデジタルレプリカを作成した者や、その事実を知りながら、ウェブ上でデジタルレプリカにアクセスできるようにしたプラットフォームは民事責任を負い、当該行為により被った実際の損害額と5,000ドルのいずれか高い金額の損害賠償請求、さらに被告による強迫、詐欺、害意があったことが立証されれば、懲罰的損害賠償請求の対象となる。

2024年1月には、No AI FRUD法案(No Artificial IntelligenceFake Replicas and Unauthorized Duplications Act)が、連邦下院に提出された。この法案では、①デジタルレプリカ生成ツール等の提供や、②同意を得ずに生成された事実を知りながらのデジタルレプリカの公表等だけでなく、③前述の事実を知りながらのこれらの行為への寄与に対しても、損害賠償(場合によっては懲罰的損害賠償及び弁護士費用も)請求が認められる。①の場合には、当該行為により被った実際の損害額と50,000ドルのいずれか高い金額、②の場合は、当該行為により被った実際の損害額と5,000ドルのいずれか高い金額に、それぞれ当該行為で被告が得た利益額を加えた金額を請求できる。

連邦レベルでの立法を待たずに、州法での対応も進められている。2024年3月、音楽都市ナッシュビルを州都とするテネシー州で、ミュージシャンをAIの不正利用から守る法律が成立した。テネシー州メンフィスとゆかりの深いエルビス・プレスリーにあやかってか、ELVIS法(Ensuring Likeness, Voice, and Image Security Act of 2024)と命名された同法は、パブリシティ権を保護する「1984年人権保護法」を改正し、氏名、肖像に加え「声(実際の声だけでなく、声の擬態(simulation)も含む)」を保護の対象に加えている。そして、同意を得ていないことを知りながら、特定の個人の声や肖像の生成を主な目的又は主な機能とするアルゴリズム、ソフトウェア、サービス等の頒布や送信等を行う行為は、民事責任を負うだけでなく、刑法上軽罪にあたる。同法は2024年7月1日に施行予定である。

日本では、ピンク・レディー事件最高裁判決において、パブリシティ権を人格権に由来する権利と位置付けたものの、譲渡できるのか否かについて明確な結論は出されていない。一方、これらの法(案)では、パブリシティ権は財産権であり、移転することができると明記している。そのため本人だけでなく、権利の移転や包括的ライセンスを受けた者、さらには、レコーディング契約を締結したレコード会社もアーティストに代わって権利行使 できるとしている。死後の権利も認めており、ELVIS法及びNo AI FRAUD法案では、死後10年まで、権利の相続人又は権利の移転を受けた者が権利行使できる。その後2年間、商業的な利用がなされなければ、権利は終了する。NO FAKES法案では、著作権と同様、死後70年までの権利の存続を定めている。

連邦下院司法委員会法廷・知的財産権・インターネット小委員会の公聴会で、Jennifer E. Rothmanペンシルベニア大学教授は、生成AIから個人のアイデンティティを守ることを目的とする連邦法案がむしろ自らの声や肖像へのコントロールを失わせる恐れがあるのではないか、と指摘している。これらの法案に定める通り、パブリシティ権を自らの声や肖像に顧客吸引力を有する著名人に限定せず、全ての人に付与した場合、インターネット上 の利用規約をよく読みもせず同意をすることで、意図せずに一般人のパブリシティ権が移転されてしまう可能性もある。ライセンスについても利用方法など限定的にするべきだと主張する※6。その他、表現の自由との関係など、様々な指摘がされている。

アメリカ著作権局では、2023年8月、生成AIの開発と使用から生じる著作権法及び政策上の課題について幅広い意見募集を開始し、12月の締切までに1万を超える意見が寄せられた。著作権局では課題を分析し、適切な立法又は規制行為に関し勧告を行う報告書を数回に分けて公表する予定であり、第一弾として、2024年春に、容姿や声、その他の人格をデジタル複製するためのAIの使用に焦点を当てた報告書の公表を予定している※7。2004年5月、Chuck Schumer民主党院内総務等による上院超党派グループが発表したAI政策に関する工程表でも、関連委員会に対し、AIによる無許諾利用から、声、肖像等を保護する立法の必要性について検討を促している※8。同年6月には、声や肖像のデジタルレプリカの利用契約について、その交渉は弁護士又は労働組合が行う等の規制を定める一般債務法修正法案が、ニューヨーク州両院を通過している。日本でも懸念の声が広がるこの問題について、今後も動向を注視していきたい。


【注】
※1 新労働協約の詳細は、井上貴宏「米国映画業界2023年ストライキ−生成AI等を巡る映画スタジオとタレントサイドの攻防--第2回」コピライトNo.757Vol.64(2024 年5月)参照のこと。 (▲戻る)
※2 https://www.sagaftra.org/contracts-industry-resources/contracts/sound-recordings-code-2024 (▲戻る)
※3 https://www.sagaftra.org/sag-aftra-advocates-ai-protections-capitol-hill (▲戻る)
※4 https://www.humanartistrycampaign.com/ (▲戻る)
※5 Christoper T. Zirpoli, "Artificial Intelligence Prompts Renewed Consideration of a Federal Right of Publicity", CRS Legal Sidebar LSB11052, 2024.1.19。なお、米国のパブリシティ権については、奥邨弘司「『米国のパブリシティ権』について」CPRAnews Review vol.2 (2022年5月)参照のこと (▲戻る)
※6 https://judiciary.house.gov/sites/evo-subsites/republicans-judiciary.house.gov/files/evo-media-document/rothman-testimony.pdf ただし、両法案では、デジタルレプリカの利用許諾契約(No AI FRAUD法案では、広告等限定的な利用)は弁護士により代理される、又はその条件が団体協約に準拠する等しない限り無効としている (▲戻る)
※7 https://www.copyright.gov/laws/hearings/USCO-Letter-on-AI-and-Copyright-Initiative-Update.pdf (▲戻る)
※8 https://www.young.senate.gov/wp-content/uploads/Roadmap_Electronic1.32pm.pdf  (▲戻る)