生成AIと著作権法を巡る議論
法制広報部 君塚陽介
生成AIを使って、簡単に文章や画像、音楽などを生成することができるようになっている。その一方、誤った情報の拡散や個人情報の漏えいのほか、著作権侵害やクリエイターの仕事が奪われたりするのではないかなどの懸念も示されている。2023年5月に開かれた広島サミットでも、生成AIの問題を議論することが合意され、日本国内での議論が進められている。
そこで、本稿では、生成AIと著作権法を巡る議論について見ていくこととしたい。
生成AIで何ができるのか
そもそも「生成AI」では何ができるのだろうか。例えば、生成AIに対して、「新宿の街並み」や「海岸をドライブするのにぴったりな曲」の作成を指示(プロンプト)すると、学習データを基に画像や楽曲などを自動的に作成することができる。チャット形式で、質問や指示に対して回答するChatGPTが話題となっているが、画像生成の分野では、DALL-EやStable Diffusion、Midjourneyが公開され、音楽や動画作成でも、いくつかの生成AIが登場している。動画投稿サイトには、亡くなった有名人に、最近のヒット曲をカバーさせる「AIカバー」といった動画も投稿されているが、これまであった音源のごく一部を利用して新しく音源を制作する「デジタル・サンプリング」とも異なる技術と言えるものだ。
このような生成AIの仕組は、大まかに言うと、大量の文書や画像などのコンテンツをデータとして学習することによって、AI生成物の生成を可能にしている(図1参照 ※1)。さらに、検索機能と生成機能とを併せ持った検索拡張生成(RAG)もある。
政府における議論
2023年6月の『知的財産推進計画2023』では、「生成AIと著作権との関係について、AI技術の進歩の促進とクリエイターの権利保護等の観点に留意しながら、具体的な事例の把握・分析、法的考え方の整理を進め、必要な方策等を検討する」としている。
これを受け、知的財産戦略本部では、2023年9月に「AI時代の知的財産権検討会」を設置し、審議が進められており、知的財産法に関する論点について年度内に整理する予定だ。また、同検討会では、今後の検討に資するため、意見募集も行われており、CPRAからも意見を提出した ※2。
著作権法との関係については、文化審議会著作権分科会に設置された「法制度小委員会」が、『AIと著作権に関する考え方について』の取りまとめに向けた審議を進めている。
生成AIと著作権を巡る議論
法制度小委員会の議論に先立ち、文化庁では、「AIと著作権」に関する講演映像と資料を公開した ※3。そこでは、生成AIによる著作権との関係を整理するにあたっては、開発・学習段階と生成・利用段階とに分けて考える必要があるとしている。
開発・学習段階では、著作物に表現された思想・感情の享受を目的としない利用として例示されている情報解析に関する著作権法30条の4の権利制限規定が適用され、原則として権利者の許諾なく行うことができる。ただし、権利者の利益を不当に害する場合には適用されないとしている。次に、生成・利用段階については、AI生成物が、既存の著作物に係る著作権を侵害するかどうかは、通常の著作権侵害判断と同様に、「類似性」や「依拠性」があるかどうかを判断するとしている。しかしながら、著作権法では、単に「作風」が似ている場合には、もとの著作物の創作的な表現を利用しているとは言えないため著作権侵害には当たらず、しかも、生成AIにおける「依拠性」についてどのように判断するのかについては議論がある。さらに、侵害の主体は、AI利用者なのか、生成AIの提供者なのかという問題もある。
次に、AI生成物が、著作物として保護されるかどうかという問題がある。この問題については、既に、平成5(1993)年1月の『著作権審議会第9小委員会(コンピュータ創作物関係)報告書』において考え方が示され、この考え方に沿って、平成29(2017)年3月の知的財産戦略本部の『新たな情報財検討委員会報告書』は、生成AIの利用者に創作意図があり、同時にAI生成物を得るための創作的寄与があれば、生成AIの利用者の思想・感情を創作的に表現するために、AIを「道具」として使用していることから、AI生成物に著作物性が認められるとする。その一方で、利用者に創作的寄与が認められないような簡単な指示に留まる場合には、AI生成物には、著作物性は認められないとしている。つまり、AIが自律的に作成したものは、思想・感情の創作的な表現があるとは言えず、著作物として保護されない。しかしながら、どのような場合に利用者に創作意図があり、創作的寄与があると言えるかについては議論の余地がある。
諸外国の状況
EUでは、2019 年に採択されたデジタル単一市場における著作権指令(DSM指令)に定めるテキスト及びデータ・マイニングに係る権利制限規定が、開発・学習段階における著作物の利用と関係する。すなわち、非営利の学術研究目的のために、適法にアクセスできる著作物のテキスト及びデータ・マイニングは権利制限の対象とされる(同指令3 条)。また、非営利の学術研究目的以外の目的であっても、適法にアクセスできる著作物のテキスト及びデータ・マイニングは権利制限の対象となるが、権利者がこれを拒否する意思を技術的な方法で示している場合(オプトアウト)には対象外となる(同指令4条)。
DSM指令では、海賊版が対象から除外されるほか、非営利の学術研究目的以外の場合で、権利者が生成AIによる学習を拒否している場合には、権利制限規定が適用されないなど日本との違いがある。EU加盟国であるドイツやフランスでも、このDSM指令に沿った著作権法を有している。
また、アメリカでは、生成AIによる生成物を著作権登録することができるかどうかという点に関連して、AI生成物の著作物性が争われている。著作権局は、著作権による保護は、人間の著作者による創作物に限られるとして、生成AIによる絵画作品の登録を拒否した。この拒否に対して訴訟提起がなされたが、地方裁判所は、著作権局の判断を支持し、人間の関与を欠いて生成された作品についての著作権登録の拒否は適当であると判断している。
実演家の権利はどうなるのか
政府の議論は、もっぱら生成AIと著作権を巡って審議が進められている。そのため、実演との関係についての議論が十分とは言い難い状況にある。
著作物と実演に係る権利の大きな違いは、実演の場合には、実演家が行った実演そのものを録音・録画することだけに権利が及び、その実演と類似した他の実演を録音・録画することには権利が及ばないが、著作物の場合には、その著作物に類似した他の著作物を録音・録画することにも権利が及ぶ点にある(加戸守行『著作権法逐条講義〔七訂新版〕』641頁(著作権情報センター、2021 ))。実演の場合、ある実演家の演技を真似したとしても、真似された実演家の権利は及ばないが、著作物の場合は、ある著作者の絵画を真似た絵についても、真似された絵画の著作者の権利が及ぶことになる。また、著作者の権利には、翻案権があり(著作権法27条)、著作物を翻案した二次的著作物の利用に対して原著作者の権利が認められるため(著作権法28条)、その著作物に類似した他の著作物の利用行為にも権利が働くことからも、著作物と実演に係る権利の違いを説明することができる。
このような違いがあることから、生成AIが、ある実演家の演奏や歌唱などの実演を学習し、その実演家の実演に類似した生成物を生み出したとしても、学習された実演に係る実演家の権利が当該生成物に対して及ぶか否かは明らかではない。さらに、著作権法30条の4の権利制限規定は、著作隣接権にも準用されているが(著作権法102条)、どのような場合が、思想・感情の享受を目的としない利用と言えるかは議論の余地があるだろう。
また、生成AIによる「実演」というものは考えられるのだろうか。これまで示された生成AIによる生成物の著作物性の考え方を敷衍するならば、生成AIを「道具」として利用した場合には、生成AIによる「実演」というのも考えられるところだ。しかしながら、著作物と実演とを同一に論じ得るかは、議論の余地があるだろう。
著作権法による実演の保護に限界があるとすれば、肖像権やパブリシティ権といった、著作権法以外による保護も検討されるべきだ。パブリシティ権の客体には、肖像や氏名に限られず、声も含まれるとする見解もある。しかしながら、パブリシティ権の侵害は、「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的」とする場合に限られ、裁判例を通じて認められたものであることから、刑事罰の適用もなく、限界があることに留意しなければならない。
結びに代えて
アメリカでは、映画やテレビの俳優で組織されるSAG-AFTRAが、待遇改善のほか、AIの規制を求め、43年ぶりのストライキを実施した。製作者団体との合意に至り、ストライキは終結したが、その合意内容では、製作者が、俳優のデジタルレプリカを作成、利用したり、俳優の目や鼻、口など顔のパーツを利用したAI生成物を利用したりする際には、俳優に同意を得るように求めている。
生成AIの利活用は、制作現場に新たな表現方法をもたらし、ひいては我々の日常生活に利便性をもたらす可能性もある。しかしながら、実演家の権利保護がないがしろにされることがないよう、引き続き政府における議論を注視する必要があるだろう。
【注】
※1 朝日新聞2023年5月29日付7 面「生成AIと向き合う」を基に作成 (▲戻る)
※2 https://geidankyo.or.jp/img/research/publiccomment_20231101CPRA.pdf (▲戻る)
※3 https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/93903601.html (▲戻る)
●生成AIについて
生成AIの登場は極めて衝撃的なものであり、21世紀の社会を革新的に変化させるものだと思います。第一に、生成AIは、クリエイティブなデータ、創造的なデータを生成することができるという点です。創造的なものを創り出すのは人間だけであるというこれまでの固定概念は、生成AIの登場により、見事に覆されたようです。生成AIによる自然言語処理、画像処理、音声処理という高度な技術を通じて、文章も、動画も、音楽も生成することが可能となり、エンタテインメントの分野だけでなく、教育や医療、マーケティングなど社会の多くの分野で利用されることが想定されることから、その影響は計り知れません。第二に、このような革新的技術である生成AIが広く一般に普及し、誰もが簡単に生成AIを利用できる状況となったことです。
2022年8月には画像生成AIであるStable Diffusionが無料で公開され、爆発的なブームとなりました。さらに、同年11月には、ユーザーとのチャット(対話)形式により、様々なコンテンツを自動生成するChatGPTが公開されると、翌23年1月には、月間ユーザー数は1億人に達するという驚異的な普及となったのです。さらに、グーグルやマイクロソフトなど大手IT企業も、次々と生成AIのサービスの提供を開始しております。このように衝撃的な力を有する生成AIは、限られた一部の研究者だけのものではなく、もはや一般の日常生活の中に当たり前のように存在するという現実を再認識する必要があります。その意味でも、生成AIの利用に関する問題については、このまま放置することは許されず、待ったなしの状況にあると考えなければなりません。
●生成AIによる学習〜著作権法30条の4について
生成AIが優れた革新的な技術であるが故に、その利用によるリスクも極めて大きいものであることは明らかです。著作権法との関係においても、生成AIの登場は、多くの問題を提起しております。欧米と比較すると、我が国における生成AIに関する議論の進展状況は、いささか遅れているのではないかと心配しています。EUではDSM指令により、生成AIによるデータの学習について、一定の制限が設けられており、全く自由に学習できるものではありません。米国でも、生成AIによる学習が著作権侵害に当たるとして訴訟が提起されており、注目されております。
一方、我が国では、著作権法30条の4という権利制限規定の存在により、著作物を生成AIに学習させることは、営利目的であっても、原則として自由に行うことができることになっております。
私も、この規定が制定された平成30年当時、研究者等による先端的な研究開発という限られた分野での利用であれば、権利制限もやむを得ないと考えていました。しかしながら、その後、生成AIが爆発的に普及し、誰もが自由に生成AIを利用できる現在の状況に照らすと、著作権法30条の4の規定をこのまま放置することは到底許されないと思います。著作権分科会法制度小委員会では、AIと著作権に関する考え方の取りまとめに向けた審議が進められています。現行法で、生成AIによる無断学習について一定の歯止めを掛ける方向で審議が進められているようなので、この審議を見極める必要もあります。
●生成AIと実演
実演家の権利と生成AIの問題は、極めて深刻であると思います。実演を学習して生成AIが生み出したコンテンツ(映像や音楽における疑似実演)は、実演の録音・録画物とは異なるものであることから、現行法上、実演家の録音・録画権を侵害するものと主張することは困難です。著作権法30条の4により、実演データを生成AIに学習させることは自由で、生成AIが生み出したコンテンツ(疑似実演)の利用も何ら制限されないのであれば、実演家の実演に代わり、生成AIの生み出すコンテンツを利用しようということになり、実演家の仕事や収入が生成AIによって奪われる場面も多くなると思います。
生成AIの登場は、21世紀における実演家の「ネオ機械的失業」を引き起こすおそれもあり、米国におけるSAG-AFTRAによるストライキ問題は決して対岸の火事ではありません。生成AIと実演の利用に関する権利関係について、欧米の動きなどを参照しながら、早急に新たなルールを取り決める必要があると思います。