ポスト・パッケージ時代-音楽の楽しみ方はどう変わったか-
芸団協CPRA事務局 榧野睦子
音楽市場に空前の好景気をもたらした音楽CDバブルがはじけてから早20年。1998年以降の「ポスト・パッケージ時代」、音楽の楽しみ方はどのように変わったのか振り返る。
所有からアクセスへ
日本で初めてダイヤルアップIP接続サービスが開始されたのは1994年。通信速度の遅さと電話回線料金・ISP接続料金両方の従量制課金により、一般家庭への普及に時間がかかった。一方、携帯電話向けインターネット接続サービスは、ITに詳しくない層に広く受け入れられ、着メロという日本独自の音楽配信サービスが発達した。3Gサービスで通信速度が上がった上、パケット定額制が増えたことで、データ量の大きい着うた®、着うたフル®へと進化していく。
一方、インターネットの発達は、違法音楽ファイルの蔓延という負の面も有していた。NapsterやWinny等、ファイル交換ソフトを利用した海賊行為に始まりYouTubeやニコニコ動画への違法アップロード、最近ではアプリを用いた著作権侵害等、権利者を悩ませ続けている。YouTubeは2007年からコンテンツ管理プログラム「コンテンツID」を導入し、権利者は広告収益を得られるようになった。今やYouTubeは音楽を聴く主なツールとなっている※1。
iPodの発売と、その後のiTunes MusicStore(現iTunes Store)サービス開始は、パッケージからデジタルへ音楽ビジネスの変化を決定づけた。その一方で、音楽の価格決定権が創る側からプラットフォーマーへ移行した。
"IFPI Digital Music Report 2011"によれば、2010年、世界的にサブスクリプション型ストリーミングサービスが飛躍した。以前から同様のサービスはあったが、スマートフォンの登場により、専用機器を買わなくてもアプリをダウンロードすれば簡単に音楽を持ち運びできるようになったことと、無料プランと有料プラン二本立てのフリーミアム・モデルによりサービス利用の敷居が低くなったことが躍進の理由とされる。
日本でも2015年、多くのサービスが開始され、「サブスクリプション元年」と呼ばれた。
パッケージからライブへ
スマートフォンの急速な普及につれ利用が増えたのがSNSである。シェアしたモノ/コトが一人ひとりのアイデンティティを構成する若年層は、SNS映えをもたらすモノ/コトに消費する。商品(モノ)を所有する満足感ではなく、モノを通じて得られる体験(コト)に価値を見いだすように消費が変わったと言われて久しいが、現在「トキ消費」が広がりつつあるという。
同じ体験が何度もできるコト消費とは違い、今そこにしか生まれないトキを楽しむ※2。こうした傾向は、ライブ市場の伸長にも関連しているのかもしれない※3。YouTubeの浸透等で、いつでも聴ける録音した音楽の希少性が下がる一方、今ここでしか体験しえないライブの価値が高まったともいわれる。
今では夏の風物詩と化しているフェスは、当初あくまで音楽を楽しむものであったが、SNS映えを求める参加者の希望に沿う形で音楽以外も楽しめるイベントに発展し、コアな音楽ファン以外も取り込むことで、市場規模を拡大し続けている※4。
2010年代よりLED照明やプロジェクションマッピング、AR、VRといった技術を駆使し、聴覚だけでなく五感で楽しませる演出をするライブが増えている。
聴くから創る、つながるへ
デジタル技術の発達とインターネットの普及は、個人が音楽を創り、発信することを可能にした。2000年代後半には、DAW(Digital Audio Workstation)ソフトでの音楽制作が可能になり、動画投稿サイトの登場で二次創作、作品発表の場が広がった。
初音ミクの一大ブームは、コメントによって視聴体験を共有できるニコニコ動画で起こった。アニメ・漫画を中心に培われてきた同人創作文化を土壌に、一般消費者同士が協力して制作した作品を共有し、派生作品を生み出すサイクルが生まれた。初音ミクの動画は、ただ音楽を聴くというのではなく、みんなで共有する話題、コミュニケーション手段の一つであったといえる。
この流れは、スマートフォンとSNSの登場で加速した。情報発信力のあるスマートフォンにより個人はメディア化し、コンテンツはその情報の価値のためだけに消費されるわけでなく、ユーザー同士のつながりを仲介するという機能や価値を帯び始めた。若者のリップシンク動画やダンス動画にとどまらず、自治体職員等がヒット曲に合わせて踊る動画も投稿されるようになり、ニコニコ動画で生まれた「歌ってみた」「踊ってみた」文化は一般に広まっている。
音楽のこれから
一方、2013年以降アナログレコードが売上を伸ばしているのはなぜか。
限られた場所、空間でわざわざ音楽を楽しむことが若者には目新しい。レコードの回転から視覚的に音楽の流れを感じ、紙のパッケージで触感を楽しむなど、聴覚だけでない音楽の楽しみ方ができる※5。レコード店に足を運びファン同士で楽しい時間を過ごすことは、ロックコンサートに行く感じにも似ているという人もいる※6。デザイン性が高い、あるいは希少なレコードはSNS映えするのかもしれない。音楽CDよりも古いレコードが、意外にも現在の音楽の楽しみ方にマッチしているのは興味深い。
2018年、音楽市場は3年ぶりに拡大に転じた。その大きなけん引力となったのが、ストリーミング配信といわれる※7。
音楽の楽しみ方の変化は、芸団協CPRAが管理するレコード実演の権利にも影響を与える。引き続き注視していきたい。
〔参考文献〕
○天野 彬『シェアしたがる心理』(宣伝会議、2017年)
○烏賀陽弘道『「Jポップ」は死んだ』(扶桑社、2017年)
○円堂都司昭『ソーシャル化する音楽』(青土社、2013年)
○柴 那典『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版、2014年)
○柴 那典『ヒットの崩壊』(講談社、2016年)
○永井純一『ロックフェスの社会学』(ミネルヴァ書房、2016年)
○濱野智史『アーキテクチャの生態系』(筑摩書房、2015年)
○レジー『夏フェス革命』(垣内出版、2017年)
※1: 2017年度音楽メディアユーザー実態調査(日本レコード協会)によれば、回答者の61.6%がYouTubeを主な音楽聴取手段に挙げている。(▲戻る)
※2:「【キーワード解説】『トキ消費』―博報堂生活総合研究所 酒井崇匡」
〈 https://www.hakuhodo.co.jp/archives/column/44780 〉(▲戻る)
※3:一般社団法人コンサートプロモーターズ協会正会員の年間売上額は、2013年、オーディオレコード総生産金額を超え、2015年にはオーディオ総生産金額と音楽配信売上金額を合計した金額をも上回った。(▲戻る)
※4:「多様化が進み、活況が続く音楽フェスの市場動向/ぴあ総研が調査結果を公表」
〈 https://corporate.pia.jp/news/detail_live_enta201808_fes.html〉(▲戻る)
※5:「【レコードブーム再燃!】レコードの人気の理由と仕組み」
〈 https://kusanomido.com/study/life/music/25906/〉(▲戻る)
※6:「レコード・ストア・デイ」創設者が語る、アナログレコードの可能性
〈 https://www.oricon.co.jp/confidence/special/50985/〉(▲戻る)
※7:「音楽市場 配信がけん引 昨年3 年ぶり拡大、聴き放題人気」(2019年3月5日付日本経済新聞朝刊)(▲戻る)