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離見の目をもち、未来を捉える

公益社団法人日本芸能実演家団体協議会 会長 野村 萬

 昨年、突如として世界中を未曽有の事態に陥れたウイルスは、未だ人々の生活のすべてに、強く深く影響を及ぼしています。なかでも、実演芸術分野は一早く活動自粛を要請され、他の経済活動以上に今もって深刻な状況にあります。私の手帳は数か月に及んで真っ白になりましたが、実演芸術に携わる多くの方々が、あるべき仕事を失い、長期に亘り、不安な日々を過ごされていることと存じます。

 生の舞台をこれまでと同様に行うことが困難な中、様々な形で実演芸術を届けようと新たな試みが為されています。私自身も無観客公演を経験致しましたが、舞台は観客との交感によって出来上がるものであり、観て頂くことで演者がどれだけの力を頂戴しているのか、身をもって痛感致しました。正に劇場空間から「和楽」の時間が奪われた時代である、と申せましょう。

 世阿弥は、その著書『花鏡』において、自分の姿を観客の心で見ること、自分の演技について客観的な視点を持つことの重要性を説いた「離見の見」という言葉を残しています。観客の目を自らの目として自身の芸を見れば、己の目には映らない後ろ姿まで感じとることが出来る、そうして初めて自身の姿を完全に捉えることが出来るのです。約600年前に綴られたこの言葉を、現在ほど考えさせられることはありません。

 この言葉は、実演家はもとより、組織の運営、在り方についても言えるのではないでしょうか。様々な情報が日々更新される中、どれほど有意義な情報であっても、一方的に発信するのではなく、受け取り手にどう受け取められるかを、常に考え発信していかなければ色褪せたものになってしまいます。己自身を、携わる分野や組織を、離見する力を持たねばなりません。そして、老年はこれまでに培った経験や技術を伝え、壮年がけん引し、青年が新しい発想をもって未来へ繋いでいく、「老・壮・青」の多様な人材が織りなす交流と継承を、途絶えることなく推し進め、知見の広さと深さを持ち合わせた組織へと成長させていくことが重要であると思います。

 この度のコロナ禍という不測の事態にあって、文化芸術に携わる人々がどのような情況にあるのか、その現実を基に、文化芸術振興議員連盟を核とし、政官で夜を徹して活発な議論が為され、500億円を越える第二次補正予算が成立したことは、文化政策史上、大きな進展でありました。この実績を礎に、目先の日常のみに追われるばかりでなく、この先、実演家が心置きなく舞台に注心できる環境づくりに向けて、更なる一歩を踏み出さなければなりません。

 そのためには、文化芸術は、決して遊びではなく、人間を育むための要素であるという理解を、民に広げることが重要です。生活の一部として、生の芸能・芸術に触れることが必要なのだという、政官を突き動かすほどの大きな民の力を喚起するまでに至らなければ、芸団協CPRAの運動も、文化芸術省創設も、実ることはないでしょう。

 伝統芸能に身を置く者としましては、自分の代にすべてが花開くとは考えておりません。先人たちが育てた芽を絶やすことなく、子の代、孫の代に花開くために、今、どんな種を蒔くことが出来るのか、皆様と一緒に考えてまいりたいと存じます。年頭に当たり、所感を述べつつ、益々のご理解ご協力を賜りますようお願い申し上げます。