なぜ、お店で音楽を流すのか −BGMがビジネスに与える効果とは−
法制広報部 榧野睦子
レストラン、アパレルショップ、スーパーマーケット、スポーツジムなど、今やBGMを流していない店舗を見つける方が難しい。BGMを流すことでどのような良い効果があるのか。これまでの研究を振り返るとともに、消費者行動論を研究されている平木いくみ東京国際大学教授にお話を伺った。
客の好み、商品に合ったBGMの効果
BGMなど店舗の雰囲気が客の行動に与える影響について、心理学の側面から次のような研究がされている。
店舗の雰囲気という外部刺激を受けて、客の感情が変化し、接近(店内に留まりたい、店内を探索したい、店員と話したい、顧客満足度が高い、また訪れたい)又は回避(店から出たい、店内を探索したくない、店員と話したくない、顧客満足度が低い、二度と来たくない)という行動につながる。変化する客の感情は、快楽度(快-不快)と覚醒度(覚醒-傾眠)という二つの感情の組み合わせで表現され、快い感情の状態で覚醒が高まれば接近行動が、不快な感情の状態で覚醒が高まれば回避行動が増幅される(※1)。
客が好む音楽は快楽度を高め、接近行動を促すことが様々な実験で証明されている。アパレル・チェーン店で行った実験では、客の好みの音楽がかかっているときの方が、滞在時間が長く、購買金額も上がった(※2)。また、レストランで行った実験では、好みの音楽が滞在時間及び会計金額だけでなく、レストランへの評価、すなわち来店経験の満足度や再度来店したい、あるいは他人に推奨したいという気持ちにまで良い影響を与えることが分かった(※3)。
とはいえ、音楽の好みは千差万別で、全ての客が好む音楽を見つけるのは難しい。それについては、人は流行歌のうち、24歳ごろに流行っていた音楽を最も好むという研究結果が参考になるかもしれない(※4)。
販売している商品に適したBGMを流すことで、客の商品選択に影響を与えることもできるという。ワインショップで行った実験では、社会経済的地位が高い、名声、洗練など、ワインのイメージに合ったクラシック音楽をBGMに流した方が、音楽チャート40位までの音楽を流した場合よりも、より高い金額のワインが購入された結果、売上が上がった(※5)。フランス音楽を流した時にはフランスワインが、ドイツ音楽を流した時にはドイツワインが多く売れたという実験結果もある(※6)。
カフェテリアでポップ、クラシック、インストルメンタルそれぞれを流した場合と音楽を流さなかった場合との四つのパターンで比較した際、クラシックが流れている時にカフェは高所得者向けの洗練された場所と感じられ、一番購買金額が高くなった(※7)。
女性下着で有名なアパレルメーカー、Victoria's Secretでは、店舗内でクラシック音楽を流すことは、一流店という雰囲気づくりに一役買い、客が商品やサービスの質をより高く感じるようになると考えている。心地良い音楽は、客、特に男性が商品について店員のアドバイスを求めるときにも、会話の円滑化に貢献しているという(※8)。
BGMと時間
店にいる時間が長ければ長いほど、事前に予定していなかった商品まで購入する可能性が高まる。店舗内でBGMを流すことは、客の店舗での滞在時間を延ばす効果も期待できるという。
スーパーマーケットで行った実験では、テンポの遅いBGMを流す方が、テンポの速いBGMを流すよりも、客の店舗内での移動速度が17%遅くなり、売上が38%上昇するという結果となった(※9)。同様に、レストランで行った実験では、テンポの遅いBGMを流すと客の食事をとる速度が遅くなり、食事量は変わらないものの、アルコール・ドリンクを頼む量が増えたため、売上が上昇するという結果になった(※10)。
なお、マイナーコードの場合のみ、テンポの遅いBGMは売上に有効に働くという実験結果もある。この実験では、マイナーコードでテンポの遅いBGMを流した場合には、マイナーコードでテンポの速いBGMを流した場合よりも12%売上が増加したという。その理由として、メジャーコードの音楽及びテンポの速い音楽は気分を明るく、マイナーコードの音楽及びテンポの遅い音楽は悲しい気分にさせると言 われるが、悲しい気分のときには、高い金額の商品を選択し、浪費しやすい傾向にあることなどが挙げられる(※11)。
このようにテンポの遅い音楽を流すと店舗での滞在時間が延びる理由の一つに、音楽のテンポが時間の知覚に影響を与えるとする説がある。知覚時間のメカニズムについては諸説あるが、情報が多ければ多いほど、複雑な刺激を受ければ受けるほど、変化が大きければ大きいほど、知覚される時間も長くなるという(※12)。
例えば、BGMとして音楽チャート40位までの音楽を流す、イージー・リスニングを流す、及び全く音楽を流さないの三つの状況下で実験をした際、25歳未満の若者はイージー・リスニングが流れている時に、25歳以上の客は音楽チャート40位までの音楽が流れている時に、最も時間を長く感じるという結果が出た。不慣れな音楽の方が、聞きなれた音楽よりも複雑な刺激となり、時間がゆっくり流れるように感じると推測される(※13)。
同様に、BGMの音量が大きいと知覚時間が長くなるが、この傾向は女性の方が顕著だという。その理由として、女性の方が聴覚が鋭いことに加え、被験者の若い男性の方が若い女性よりも音量が大きい音楽に慣れていることなどが挙げられる(※14)。
知覚時間を短くすることは、店舗での滞在時間を増やし、購買金額を増やすだけでなく、待ち時間が顧客に与える心理的コストを軽減し、店舗の評価を下げないためにも重要である。
BGMはなぜ効果があるのか
平木教授によれば、特に2000年以降、学術研究の世界においては、五感への刺激が消費者行動に及ぼす影響メカニズムを解明することへの関心が非常に高まっているという。音楽などの外部刺激が消費者行動に与える影響についてはこれまでも研究が進められてきたが、「なぜ」、そして「どのように」影響を与えるのかについては、近年になってようやく研究が進められつつあるという。これは、製品やサービスのコモディティ化に苦しむ企業が自社製品を他者製品と差別化する手段として活用したり、amazonなどインターネット通販の台頭に悩む小売企業が、インターネットでは伝達できない価値を実店舗において実現したりする手段としても注目されている。
「救急車のサイレンの音は近づいてくると高く聞こえ、遠のくと低く聞こえることを人は感覚的に知っています。そしてこの感覚が、対象への評価に無意識的に影響しているのです。たとえば、解釈レベル理論(人は出来事や対象に対する心理的(または物理的)距離が遠いときには、より抽象度の高いレベルで物事を解釈しようとし、心理的(または物理的)距離が近いときには、より具体的なレベルで物事を考えようとする傾向がある。こうした解釈レベルの違いによって、同じ製品やサービスについても、評価するポイントや選択される内容が異なってくることを説明する理論)に基づいて、音楽の高低の影響を明らかにした研究では、サービス環境の評価において、人は高音のBGM下では抽象的なサービス要素を重視し、低音のBGM下では具体的なサービス要素を評価するという結果が導かれました(※15)。音楽が製品やサービスの評価に影響を与えるという知見は、近年の感覚マーケティング研究の中で体系的に研究が進められつつあるのです」。
このような研究が進めばBGMをより効果的に活用できるにちがいない。そしてBGMの効果について注目が集まる今こそ、「レコード演奏権」導入に向けた議論が必要ではないか。
<参考文献>
●阿部いくみ(2004)「店頭マーケティングにおける音楽研究の動向」『早稲田商学』第399号、pp.35-69
●平木いくみ(2018)「消費者に影響を与える知覚時間―音楽と香りによる消費者行動の促進―」『調査月報』No.112、日本政策金融公庫、pp.36-41
※1:Robert J. Donovan and John R. Rossiter (1982), "Store Atmosphere: An Environmental Psychology Approach,"Journal of Retailing, Vol.58, No.1, pp.34-57
※2:Richard F. Yalch and Eric Spangenberg (1993), "Using Store Music For Retail Zoning: a Field Experiment,"Advances in Consumer Research, Vol.20, pp.632-636
※3:Clare Caldwell and Sally A. Hibbert (2002), "The Influence of Music Tempo and Music Preference on Restaurant Patron's Behavior," Psychology and Marketing, Vol.19(11), pp.895-917
※4:Morris B. Holbrook and Robert M. Schindler (1989),"Some Exploratory Findings on the Development of Musical Tastes," Journal of Consumer Research, Vol.16, pp.119-124
※5:Charles S. Areni and David Kim (1993), "The Influence of Background Music on Shopping Behavior: Classical Versus Top-Forty Music in a Wine Store",Advances in Consumer Research, Vol.20, pp.336-340
※6:A.C. North, David J. Hargreaves and Jennifer McKendrick (1999), "The Influence of In-Store Music on Wine Selections," Journal of Applied Psychology, 84(2),271-276
※7:Adrian C.North,David J.Hargreaves and Amanda E.Krause (2008) "Music and Consumer Behaviour," in Susan Hallam, Ian Cross and Michael Thaut (eds.),Oxford Handbook of Music Psychology, Oxford University Press (Japan) Ltd., p.481-490
※8:Michael Morrison (2001), "The Power of Music and its Influence on International Retail Brands and Shopper Behaviour: A Multi Case Study Approach"
※9:Ronald E. Milliman (1982),"Using Background Music to Affect the Behavior of Supermarket Shoppers,"The Journal of Marketing, Vol.46, No.3, pp.86-91
※10:Ronald E. Milliman (1986),"The Influence of Background Music on the Behavior of Restaurant Patrons,"Journal of Consumer Research, Vol.13, No.2,pp.286-289
※11:Klemens M. Knoferle, Eric R. Spangenberg,Andreas Herrmann and Jan R. Landwehr (2011), "It is all in the mix: The interactive effect of music tempo and mode on in-store sales"
※12:James J. Kellaris and Moses B. Altsech (1992),"The Experience of Time As a Function of Musical Loudness and Gender of Listener,"Advances in Consumer Research, vol.19, pp.725-729. なお、知覚時間のメカニズムの詳細については、平木いくみ (2018)参照のこと。
※13:Richard F. Yalch (1988),"Effect of Store Music on Shopping Behavior,"The Channel of Communication, 4(Summer), pp.7-9.
※14:前掲12
※15:Sunaga, Tsutomu (2018), "How the Sound Frequency of Background Music Influences Consumers'Perceptions and Decision Making,"Psychology and Marketing 35(4), pp.253-267.