文化芸術振興と私的録音録画補償金制度
文化芸術振興議員連盟 事務局長 伊藤信太郎
誰でも優れた音楽や映像を自宅やプライベートな空間で気軽に楽しみたいという気持ちをもっている。今日デジタル技術・通信技術の画期的発達と廉価なデバイスの普及によってその夢は簡単に達せられているように見える。デジタル技術によってオリジナルと音質の劣化のないコピーがいくらでも作れるようになった。街角で、家で、ヘッドホンやスピーカーで音楽を楽しんでいる人の姿をあちこちで見かける。一見ハッピーな21世紀的シーンである。
しかしよくよく考えてみると、このことが【優れた音楽や映像】を創ることを阻害している面がないだろうかという疑問に行き着く。食べ物や自動車を作ることには材料や労力や特許などの知的財産が係り、それがコストとして計算され販売価格に反映されている。しかし音楽等の著作物は一次使用のCDではある程度価格に反映されているものの、〝タダ〞でデジタルコピーされたものには全く反映されていない。いわば人が苦心惨憺して創ったものを制作者の承諾なく対価を払わず楽しむことができるわけである。芸術作品の制作は崇高な仕事であるが、芸術家も霞を食って生きているわけではない。また音楽や映画の製作には多くの人が係り大きなコストも投じられている。もし折角創ったCDが1枚しか売れず、それをもとに1億枚のコピーが作られ1億人がそれを聴いて楽しんだらどうなるであろう。多分そのアーティストもレコード製作者も2枚目のCDは創れなくなるであろう。ここを考えなくてはならない。ちゃんとした対価を払うということは文化芸術の振興にとって必要不可欠なことである。
ここに大きな課題がある。ちゃんとした対価とはどのように合理的にかつ実現可能な方法で徴収されそれぞれの権利者に配分されるのかという問題である。今日デバイスもDVDなどのメディアも廉価になり誰でもどこでも買うことができる。そしてそのデバイスやメディアは多目的に使われ、他者の著作物の複製や再生に使われるとは限らない。またどの著作物が何回コピーされ何回視聴されたかは必ずしも確認できない。そこで、いろいろな議論を経て導入されたのが私的録音録画補償金制度である。これは家庭内での私的複製についてもデジタル方式で録音・録画する場合においては一定の割合で補償金を徴収し、著作権者への利益還元を図ろうとするものである。録音については1993年から、録画については1999年から実施された。対象となるのはDAT、デジタル・ビデオ・カセットレコーダー、ブルーレイ・ディスク・レコーダー等のデジタル録音・録画機器やCD-R、CD-RW、DVD-R、DVD-RW等の記録媒体である。これらの機器・記録媒体を購入時に補償金が上乗せされ、それぞれ私的録音補償金管理協会、私的録画補償金管理協会に徴収され、録音についてはJASRACに36%、日本芸能実演家団体協議会に32%、日本レコード協会に32%の割合で分配された。私的録画補償金は、私的録画著作権者協議会に8%、日本芸能実演家団体協議会に29%、レコード協会に3%の割合で分配された。録画に関しては裁判の影響で事実上制度破綻に陥り、私的録画補償金管理協会は2015年解散した。
映画の父ともいわれるフランスのジュルジュ・メリエスが亡くなって今年で79年になる。彼は自分の創った映画をプリントの長さで価格を決めて売り、買い手はいくつもの複製プリント=コピーを作って大儲けをした。メリエスは晩年小さな玩具屋をやって一生を終える。ここから生まれたのがコピーライト=著作権という概念である。現在は技術の発達や視聴スタイルの変化に制度や法律が追いついていないのが現状である。是非、創造的叡智を結晶させて皆が納得する新制度を創るべきだと考えている。
芸術を愛するすべての人のために!