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柔軟性のある権利制限規定について
~法制・基本問題小委員会が中間まとめを公表~

企画部広報課 榧野睦子

 2017年2月、文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会は中間まとめを公表し、意見募集が実施された。
これに対し、芸団協CPRAは、「柔軟性のある権利制限規定」の整備の在り方について意見を提出した。
本稿では中間まとめのポイントを紹介するとともに、芸団協CPRAの考えを示す。

 中間まとめでは、権利制限規定の問題がくり返し議論されてきた背景に(図1)、著作物の利用実態が急速に変わりうることを考慮に入れた制度設計が十分に行われてこなかった面があるとした。その上で、まずは広く国民が有する現在又は将来の著作物利用のニーズを把握し、制度が実際に社会に及ぼし得る効果と影響等について多面的な検討を行った上で、我が国に最も望ましいと考えられる「柔軟性のある権利制限規定」の在り方について検討を行った。

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検討の経過

ニーズ募集と整理
 2015年7月、文化庁が実施したニーズ募集に対し、112件の要望が寄せられた。法制・基本問題小委員会の下に設置された「新たな時代のニーズに的確に対応した制度等の整備に関するワーキングチーム(以下「WT」という)」では、これらのニーズのうち、「所在検索サービス」、「情報分析サービス」、「バックエンドでの複製」、「翻訳サービス」、「リバース・エンジニアリング」、「その他CPS関係サービス」の6つについて優先的に検討を進めることとした。

権利制限規定の柔軟性が及ぼす効果と影響等に関する考察
 課題の実際的な解決につながり、かつ社会厚生全体を増大させる制度整備には、著作権法理論を踏まえた検討はもちろん、権利制限の柔軟性を高めることで、各ステークホルダーに生じる効果や影響についても総合的な考察を行う必要がある。

 このような問題意識の下、WTの下に「著作権法における権利制限規定の柔軟性が及ぼす効果と影響等に関する作業部会」を設け、外部シンクタンクが行った調査研究と連携し、専門的かつ集中的に審議した。

 中間まとめでは、その分析結果を踏まえ、(1)法規範定立時期の移行に伴う効果及び影響、(2)法規範定立の役割の移行に伴う効果及び影響、及び(3)刑法体系及び著作権関係条約との関係の3点について述べた。

 (1)では、アンケート調査等の結果を示している。このうち、4種類の権利制限の規定の仕方を示し、それぞれについて事業展開をしやすくなるか否かを聞いた質問では、フェアユース規定のように考慮要素のみを定めた規定によって事業展開しやすくなると答えた企業の割合は2割弱に留まった。それらの結果から、一般的・包括的な権利制限規定の創設による「公正な利用」の促進効果はそれほど期待できない一方で、「不公正な利用」を助長する可能性が高まるという負の影響が予測されるとした。また、裁判制度の違いに加え訴訟忌避意識もあり、日本は米国ほど積極的に訴訟を提起する土壌になく、またそうした状況を政策的に作りだすのも難しく、司法による規範形成の実現可能性が限定的である現状にも留意すべきとした。

 また、国産のインターネット検索エンジンが育たなかったのは日本著作権法の権利制限規定が柔軟でなかったためだとの指摘については、調査研究において把握された事実からは、合理性を見出すことはできなかった、と明記している。

 (2)では、公益に関する政策決定や政治的対立のある事項も含め多くを司法府の判断に委ねることとなり、民主的正当性の観点からは必ずしも望ましいとは言い難いとした。

 (3)では、一般的・包括的な権利制限規定は刑罰法規に求められる明確性の原則の関係でも疑義が残る、と結論づけた。いわゆるスリーステップテストとの関係では、抽象的、具体的といった規定の形式面より、適用対象の広狭という実質的要素の方が重要な判断材料になり得る点を踏まえることが適当とした。

具体的な制度設計の在り方

 上述の考察を踏まえ、我が国に最も望ましい「柔軟性のある権利制限規定」の整備は、一般的・包括的な規定ではなく、明確性と柔軟性の適切なバランスを備えた複数の規定の組み合わせによる「多層的」な対応であると結論づけた。具体的には、権利者に及び得る不利益の度合い等に応じた分類について(図2)、それぞれ適切な柔軟性を確保した規定の整備が適当であるとした。なお、「著作物の本来的利用」とは著作物の本来的市場、すなわち著作物をその本来的用途に沿って作品として享受させることを目的として公衆に提供又は提示することに係る市場と競合する利用行為を指す。

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第一層:著作物の本来的利用には該当せず、権利者の利益を通常害さないと評価できる行為類型
 著作権法は文化の発展への寄与という目的実現手段の一つとして著作者の経済的利益の保護を図っているが、その源泉となる著作物の経済的価値は、最終的な需要者が著作物享受のために支払う対価によって基礎づけられる。そして、著作権法は、その享受に先立ち著作物の流通過程で行われる利用行為をコントロールする権利を定めることで、権利者の対価回収の機会を確保しようとしている。
 中間まとめでは、以上の考えから、著作物の享受を目的とせず、通常権利者の対価回収機会を損なわない以下の著作物の利用行為は、権利者の利益を通常害さないものと評価できるとした。

【第一層に該当する行為類型】
①著作物の表現の知覚を伴わない利用行為 例)情報通信設備のバックエンドで行われる著作物の蓄積等
②著作物の表現の知覚を伴うが、利用目的・態様に照らして当該著作物の表現の享受に向けられたものと評価できない行為 例)技術開発の試験の用に供するための著作物の利用等
③著作物の知覚を伴うが、情報処理や情報通信の円滑化・効率化等のために行われる利用行為であって独立した経済的な重要性を有さないもの 例)電子計算機における処理の高速化のためのキャッシング、情報通信の負荷軽減のためのミラーリング等


第二層:著作物の本来的利用には該当せず、権利者に及び得る不利益が軽微な行為類型
 中間まとめによれば、「本来的市場」を通じて権利者が得る利益こそ、著作権法が権利付与により保護しようとする中核的利益である。したがって、「本来的市場」に影響を与えるような利用行為に比べ、そうでない利用行為を権利制限の対象とすることの正当化のために要求される社会的利益の性質や内容の水準は、相対的に低くても認容されうるとした。

 とはいえ、著作物の享受を伴う以上権利者に不利益が及ぶ可能性は否定できず、程度によっては、権利制限の対象とすることを正当化できない。ただし、「所在検索サービス」及び「情報分析サービス」の結果提供の際の著作物の表示等は、サービスの目的達成のために必要な限度で付随的に行われるもので、主としてサムネイルやスニペットなど著作物の部分利用等に留まり、権利者に及び得る不利益を小さくとどめることができるとした。

 中間まとめでは、この類型は権利制限を正当化する社会的意義等の種類や性質に応じ、著作物の利用の目的等によりある程度大くくりに範囲を確定し、権利者の正当な利益への適切な配慮を行った上で、相当程度柔軟性のある規定を整備することが適当である。具体的には、電子計算機による情報処理により社会に新たな知見や情報を創出するサービスについても何らかの形で法律に定めることや、このようなサービスを委任命令により機動的に追加できるようにすること等が考えられるとした。

 具体的な制度設計にあたっては、以下の点について留意すべきとした。

●「所在検索サービス」や「情報分析サービス」の形式を取っていても、実際にはコンテンツ提供サービスと評価すべきものを権利制限の対象とならないようにすること
●権利者に及び得る不利益が軽微な範囲に留まるよう担保すること。その際、著作物の種類ごとの特性や個別の事情等(露出コントロールのようなビジネス戦略等)により不利益が異なることに配慮すること
●利用を拒絶する権利者の意思について、サービスの社会的意義や態様、技術的・経済的要素及び著作物の種類、その提供・提示態様などを考慮して適切に配慮すること
●明文上一律にライセンス市場を優先するような仕組みを設けることは適当ではなく、個別の事情に応じて権利者の保護すべき利益への配慮がなされるような制度設計が望ましいこと

 また、権利制限規定の適用を受けてこれらのサービスを提供する者は、パブリシティ権を含む肖像権やプライバシー権など、著作権以外の権利の適切な保護が求められるとした。

第三層:公益的政策実現のために著作物の利用の促進が期待される行為類型
 第三層には「著作物の本来的利用」を伴う利用行為も含まれる。そのため、権利制限規定の整備は、原則として、権利者に及び得る不利益に優先すべき社会的利益の種類毎に、その性質や内容を踏まえた適切な範囲について行うことが求められる。中間まとめは、権利者の利益と社会利益との比較衡量には政策的判断や政治的判断を要するため、立法府において範囲を確定した上で、適切な明確性と柔軟性の度合いを検討することが望ましいとした。

 「翻訳サービス」については、対象著作物の範囲を少なくとも公衆に無償で提供又は提示されている著作物に限定することを前提とし、さらに権利者の利益を不当に害さないような適切な範囲を画する方向で検討すべきとした。また「その他C P S関係サービス」に含まれる教育支援サービスや障害者支援サービス等については、具体的に想定されるサービスの目的・態様等が明らかになった段階で権利制限の範囲や柔軟性の程度を判断する必要があり、その際、教育の情報化の推進等に係る法制・基本問題小委員会の検討結果を踏まえて規定の整備等を行うことが適当であるとした。

 また、法改正の効果が最大限発揮されるよう、著作権に係る普及啓発や、必要に応じたガイドラインの策定支援など、法の適切な運用を確保するための諸方策を講じていくべきと提言した。

芸団協CPRAが提出した意見について

芸団協CPRAは、「柔軟性のある権利制限規定」の整備の在り方について、以下のような意見を提出した。

 中間まとめ第1章第3節4.では、「柔軟性のある権利制限規定」の整備の在り方につき、「多層的」な対応を行うことが適当とし、第1層から第3層に該当する行為類型について、それぞれ規定を整備することとしている。これについて、以下のとおり意見を述べる。

(1)第2層に該当する行為類型について、中間まとめでは、「インターネット情報検索(著作権法第47条の6)」、「所在検索サービス」及び「情報分析サービス」等をあげているが、それ以外の事例は、今のところ全く見当たらない。これを以って、直ちに「権利者に及び得る不利益が軽微である行為類型」と分類し、「相当程度柔軟性のある規定」の整備が必要であると結論付けることには、些か疑問を感じる。

(2)「本来的利用」に該当しないと分類される利用には、国際条約の定めるスリーステップテストに照らし、権利制限の対象とすべきではないものも含まれ得ることに留意する必要がある。本来は、このような分類をする前の段階で、著作物の「通常の利用を妨げない」という基準を以って、慎重かつ詳細に検討する余地があるのではなかろうか。

(3)第2層に係る権利制限規定の適用を受けて行われる利用により、著作権上の保護を受ける権利以外の権利が侵害される懸念がある。例えば、希少性のあるアイドル写真や本人が公開を望まない写真などが表示された結果、サムネイルやスニペットといった表示形式であっても、当該実演家の人格的利益や経済的利益が害される恐れがある。
 現に、著作権法第47条の6の権利制限に基づき実施されているはずのインターネット画像検索サービスが、実質的にコンテンツ提供サービスと化していることに鑑みても、上述のような侵害を招かないよう十分な配慮が必要である。


 日本も加盟する著作権関連条約では、国内法に権利制限規定を導入する際、「特別な場合」、「著作物の通常の利用を妨げない」及び「著作者の正当な利益を不当に害さない」とのスリーステップテストを満たす必要があるとしている。そのため、柔軟性のある権利制限規定の導入に当たっても、これに則った慎重な検討が求められる。

 また、平成21年著作権法改正で、情報検索サービス事業者が、その事業実施のために必要と認められる限度で、送信可能化された著作物について、記録媒体への記録、翻案及び自動公衆送信(検索結果提供)できることとなった(第47条の6)。「必要と認められる限度」の具体的な基準は定められていないものの、例えば画像や動画の縮小版(サムネイル)を表示すること等はこれに当たると解される。しかしながら、「サムネイル」の名の下に利用者の需要を十分に満たす大きさの画像等が結果表示される例が多く見受けられ、第2層の権利制限規定整備により、さらにその傾向が助長されないか懸念される。

 中間まとめでは、「権利制限規定の整備により、パブリシティ権を含む肖像権やプライバシー権など、他の権利侵害が認められると解してはならない」としており、この点についても十分に配慮を求めたい。

 ここ数年来、著作権の権利制限規定(フェアユース)をめぐる問題は繰り返し議論されてきた。その背景には、一部の関係者から日本にはフェアユースがないため、利用者や新規ビジネスへの「萎縮効果」が生じているとの強い主張があったことが挙げられる。しかし、今回の中間まとめで紹介されたアンケート調査結果等から、フェアユースのような柔軟性が高い権利制限規定により事業展開しやすくなると評価する企業は2割弱に留まり、むしろ適法性の判断が難しくなり利用が萎縮する、訴訟が増え負担になるという消極的な面を挙げる企業が半数近くに上ることがわかった。この結果を受けて中間まとめでは、我が国では、フェアユースのような一般的・包括的な権利制限規定の創設による「公正な利用」の促進効果は期待できないとした。今後は不毛な議論を繰り返さず、立法事実に即した検討が行われることを願いたい。