知的財産推進計画2016決定~円滑なライセンス体制構築のための拡大集中許諾制度導入とは~
企画部広報課 榧野睦子
去る5月9日、知的財産戦略本部会合において、知的財産推進計画2016が決定された。そこでは、著作権管理団体管理外の著作物を含めて、大量に著作物を利用する場合への対応の観点から、円滑なライセンス体制構築のため拡大集中許諾制度の導入について検討を進めることとしている。拡大集中許諾とはどのようなものなのか。芸団協CPRAでは、拡大集中許諾を60年にわたり行っている北欧諸国の実演家権利管理団体にアンケートを行い、その実態を探った(※1)。
拡大集中許諾導入検討の背景
2002年、当時の小泉首相が施政方針演説で、「研究活動や創造活動の成果を、知的財産として、戦略的に保護・活用し、わが国産業の国際競争力を強化することを国家の目標とする。このため、知的財産戦略会議を立ち上げ、必要な政策を強力に推進する」との知的財産立国宣言を行った。その実現に向け、同年7月政府の基本的な構想である「知的財産戦略大綱」がとりまとめられた。この大綱では、関係省庁が協力して大綱の施策を強力かつ着実に実施する機能と責任を有する「知的財産戦略本部」の設置と「知的財産基本法」の制定が提言された。同年11月に成立した知的財産基本法第23条に基づき、2003年以降、毎年知的財産戦略本部で知的財産推進計画が決定され、同計画の下、各省庁が施策を推進している。
今年5月に決定された『知的財産推進計画2016』は四つの柱で構成されている。このうち第一の柱「第4次産業革命時代の知財イノベーションの推進」では、「デジタル・ネットワーク化に対応した次世代知財システムの構築」を挙げている。デジタル・ネットワークの発達は、地理的・空間的な制約を解消し、あらゆる情報がデジタル化されて大量に蓄積され、誰もがそれにアクセスすることを可能とした。さらに、IoT(モノのインターネット)、ビッグデータなどの技術革新は、デジタル・ネットワークにつながる人や物を増大させ、全世界で生成・流通する情報量の爆発的な増大とその内容の多様化を起こしている。そこにAI(人工知能)を結び付けることにより、大量の情報を集積し、それを組み合わせ、解析することで付加価値を生み出す新しいイノベーションの創出が期待されている。
以上のように著作物を含む情報の利活用が一層多様化している状況では、著作権を取り巻く課題は複層的なものである。そのため一つの政策手段で全てを解決しようとするのではなく、多様な政策手段から適切なものを選択し、課題に対し柔軟に解決を図る「グラデーションのある取組」を進めていくことが必要であるとしている。具体的には適切な柔軟性のある権利制限規定を創設する一方、権利制限のなじみにくい利用について円滑なライセンスの仕組みを設けていくなどの取組みを進めていくことが必要であるとしている。そして円滑なライセンスの仕組みの一つとして、拡大集中許諾制度の導入を検討することとしている。
北欧で行われている拡大集中許諾とは
著作物等を利用するとき、利用者は集中管理団体と利用許諾契約を結ぶ。通常、この利用許諾契約は、集中管理団体が管理する著作物等の利用にしか効果が及ばない。著作権法の規定に基づき、利用者と大多数の著作物等の権利者を代表する集中管理団体との間で締結された利用許諾契約の効果を権利委任していない著作物等の権利者(非委任権利者)にまで拡張して及ぼすことを認めるのが、拡大集中許諾制度である(※2)。
北欧諸国では、1960年代初めにまず文芸及び音楽著作物の放送について拡大集中許諾制度が導入された(ただしアイスランドは1990年代に導入)。その後、教育目的や障害者のための複製や放送の利用の多様化など公益目的の利用を中心に対象が広がってきた。
拡大集中許諾が求められる分野は年々広がっていくものの、それを個別に規定するには時間がかかることから、最近では一般規定を設け、その枠内で利用者と集中管理団体で交渉を行い、合意した範囲について拡大集中許諾契約を締結することを認める国もある。
拡大集中許諾制度の利点は次の通りだとされる。すなわち、①一団体又は複数団体から同時に一括して許諾を得られるため、利用者にとり効率的かつ迅速である。②別途権利制限等を設ける必要がなく、法的安定性がある。③集中管理団体と利用者間の自由な交渉による契約に基づいているため、利用条件について柔軟に決めることができる。④利用者は刑事的制裁や権利者探索の責務から開放される。⑤委任者、非委任者双方の権利が経済的に機能するようになる。⑥集中管理団体の立場が強化される(※3)。
その一方で、非委任権利者が権利の排他的行使ができなくなる点で強制許諾と同様の状況が生じるため、拡大集中許諾は権利制限の一つの形態とみなされてきた(※4) 。ベルヌ条約等国際著作権条約では、権利制限は狭く解釈されるべきとされている。そのため、拡大集中許諾契約を締結する集中管理団体は、相当数の権利者を代表する団体であり、国によっては公的機関による認可を得なければならない。また、後述の通り非委任権利者を保護する措置が講じられている。
アンケート結果から
今回北欧5カ国のうち、スウェーデン、デンマーク及びフィンランドの実演家権利管理団体からアンケートの回答を得た。なお、これら3カ国では商業用レコードの放送、有線放送及びその他の公の実演について実演家に報酬請求権を与えている(日本の商業用レコード二次使用料請求権より範囲が広い)。従って、このような利用は拡大集中許諾の対象とならない。
1)拡大集中許諾契約の状況
①スウェーデン
実演家権利管理団体SAMIは単独で拡大集中許諾契約を締結していない。代わって、SAMI等14の著作者、実演家等の団体で構成されるCOPYSWEDEが、テレビ番組の利用について拡大集中許諾契約を締結している。具体的には、①授業で使用するための放送番組の複製、②TVエブリウェア・サービス(※5)、CATV、IPTV、OTT(※6)による放送の再送信、ホテルでの客室への放送の再送信、③スウェーデン公共放送ウェブサイト上のオープン・アーカイブ・サービス、④VODサービス(追っかけ再生、見逃し配信)等である。また、所蔵映像作品の研究者向けVODサービスを行うための契約を国立図書館と試験的に締結している。
②デンマーク
GRAMEX/DKは、著作権法第30a条について実演家及びレコード製作者から録音物に関する権利の委任を受け、文化省の認可の下、過去の自局制作番組のオンデマンド・サービスに関して、二大放送局と拡大集中許諾契約を締結している。デンマークで拡大集中許諾契約の運用を主に担っているのはCopydanである。Copydanは統括組織と6つの傘下団体により構成されている。傘下団体の一つ、Copydan World TVは、GRAMEX/DK等の集中管理団体から著作者、実演家等の権利の復委任を受けている(音楽の著作権集中管理団体KODAは会員ではないが、連携して実務に当たっている)。CopydanWorld TVは著作権法第35条に基づき拡大集中許諾契約を締結することについて文化省の認可を受けている。同条は放送の有線同時再送信に関する拡大集中許諾契約の締結を認めていたが、技術の進展に伴う放送の利用の多様化に対応して2014年に改正された。具体的には、テレビ配信業者など放送局以外の第三者による①放送のインターネットを通じた同時再送信(サイマルキャスティング)、②オンデマンド送信(追っかけ再生、見逃し配信など)、③録画サービス、④店舗、レストラン等での放映、⑤放送局自身が行う見逃し配信、過去の番組のオンデマンド配信及び未放送番組の先行配信等のミラーリング・サービス(※7)について、拡大集中許諾契約を締結することが認められている(※8)。
③フィンランド
GRAMEX/FIは実演家及びレコード製作者の権利の委任を受け、放送における録音物の利用及びテレビ番組のオンライン録画サービスについて拡大集中許諾を行っている。また、GRAMEX/FIを含む45の著作権及び実演家等の団体で構成されるKOPIOSTOは教育目的の利用、放送の同時再送信等について拡大集中許諾を行っている。
2)非委任権利者の取扱いについて
①非委任者の利益を保護するための制度
各国著作権法では非委任権利者の利益を守るため、原則拡大集中許諾契約から離脱(オプトアウト)し、自らの著作物等の利用を禁止する権利が認められている。実際にオプトアウトしている実演家がいるのか、三団体に確認したところ、いずれもいない、という回答だった。
また待遇に関する平等原則の下、非委任権利者は使用料額について委任権利者と同等の待遇を受ける権利が認められている。ただし所在の探索等手間がかかるため、委任権利者に比べ手数料を多く取ることはないか質問したところ、手数料についても違いを設けていないとの回答だった。
②不明権利者の探索及び未分配金の取扱い
所在等が不明な権利者については、いずれの団体も連絡を取る努力をしている。具体的には、放送局、制作会社からの情報入手及び加盟団体との協力(COPYSWEDE)、不明権利者リストのウェブサイト上の公開(GRAMEX/DK)、他の集中管理団体、レコード会社を通じた連絡、独自調査(GRAMEX/FI)、を行っているとのことであった。
それでは、このような努力にも関わらず、相当期間権利者が判明せず分配されなかった使用料の取扱いはどうなっているのだろうか。COPYSWEDEでは分配資金への上乗せ又は権利者の利益となるような加盟団体の事業への分配など、理事会及び総会においてその取扱いは決められる。GRAMEX/DKは、分配資金に上乗せしている。GRAMEX/FIでは、権利者の利益となる社会、文化、教育活動に使用される基金に移される。
おわりに
北欧諸国の人口は、5カ国総計で約2600万人と日本に比して非常に少ない。音楽売上も最も市場規模が大きいスウェーデンでさえ1億8940万ドルと、日本の約14分の1に過ぎない(※9)。そのような状況の下、ほとんどのプロの著作権者、著作隣接権者は集中管理団体に権利を委任している(※10)。スウェーデンのSAMIからも、北欧諸国において拡大集中許諾がうまく機能しているのは、十分に組織化された権利者、集中管理団体への高い権利委任率、集中管理団体間の強い協力関係によるところが大きいとの指摘を受けた。果たして日本も同じ状況にあると言えるのだろうか。
日本において最も適切なライセンス体制はどのようなものなのか。広い視野で柔軟な解決を図っていくことが望まれる。
※1:本稿執筆にあたり、平成27年度文化庁委託事業『拡大集中許諾制度に係る諸外国基礎調査報告書』(一般財団法人ソフトウェア情報センター、2016年3月)を参考にした。(▲戻る)
※2:平成24年度文化庁委託事業『諸外国における著作物等の利用円滑化方策に関する調査研究報告書』(株式会社情報通信総合研究所、2013年3月)76頁(▲戻る)
※3:Jukka Liedes, Memorandum on the Extended Collective Licence(2015)(▲戻る)
※4:Olli Vilanka, Rough Justice or Zero Tolerance? -Reassesing the
Nature of Copyright in Light of Collective Licensing(Part I)(2010)(▲戻る)
※5:インターネット経由でモバイル端末等でテレビ番組を視聴できるサービス。(▲戻る)
※6:動画、音声などのコンテンツ・サービスを提供する事業者又は、そのサービス。(▲戻る)
※7:スマートフォンやタブレット型端末のディスプレイ上の表示内容を、大画
面テレビやディスプレイにリアルタイムで映し出すこと。(▲戻る)
※8:Terese Foged, Danish Licences for Europe,〔2015〕EIPR 15(▲戻る)
※9:IFPI, Recording Industry
in Numbers; The recorded music market in 2014(▲戻る)
※10:Tarja Koskinen-Olsson & Vigdís Sigurdardóttir, Collective Management in the Nordic Countries, in
COLLECTIVE MANAGEMENT OF COPYRIGHT AND RELATED RIGHTS 243(Daniel Gervais ed., 3rd ed., 2015)(▲戻る)