デジタル・ネットワークと放送
著作隣接権総合研究所 君塚 陽介
開始から90年を迎えた「放送」。これまでラジオやテレビ放送、衛星放送の誕生、日本放送協会(NHK)や民間放送局の登場について振り返ってきた。
最終回となる今回は、デジタル・ネットワークと放送について見ていく。
放送とインターネット
現在、「放送」は、どのような位置にあるのだろうか。
まず、広告費から見てみよう。地上波テレビの広告費は、一時期落ち込んだものの、微増傾向にあり、ラジオは減少傾向が続いている。他方、インターネットの広告費は増加傾向が続き、ラジオ、雑誌および新聞を抜き、地上波テレビの次の位置を占め、地上波テレビに迫りつつある(図1(※1))。
次に、10代、20代の動向を見てみよう。平日において、1日に15分以上テレビ放送を見る率は減少傾向にある。他方、趣味・娯楽・教養目的でインターネットを利用する率は増加傾向にある(図2(※2))。若い世代では、テレビよりもインターネットという傾向が高まっていると言えるだろう。このような広告費や10代、20代の動向を見ると、インターネットが、放送に迫っている状況が窺えよう。
このような中、放送局自身もインターネットを積極的に活用している。例えば、NHKによる「NHKオンデマンド」や、見逃し番組を一定期間無料で視聴できる、在京民間テレビ放送局5社によるポータルサイト「TVer(ティーバー)」が登場し、様々な有料動画配信サービスでも放送番組が展開されている。放送では、放送局が予め編成した放送時間に沿って、番組表通りに視聴することになるが、インターネットでは、好きな時間に視聴することができる。放送局がインターネットで展開するサービスには、見逃した放送番組を、インターネットで視聴してもらい、本放送を視聴してもらいたいとの狙いもあるようだ。
インターネットのはじまり
では、インターネットの始まりは、どのようなものであったのだろうか(※3)。インターネットの技術的起源は、1969年にアメリカ国防総省高等研究計画局が、実験用に大学との専用回線を結んだ広域分散型コンピューター・ネットワークにある(ARPANET)。その後、学術研究目的とするNSFNETへと移行し、今日のインターネットへと発展する。わが国でも、1984(昭和59)年に、慶応義塾大学など大学間を接続したJUNETが構築される。
1989(平成元)年に日本のコンピューター・ネットワークがNSFNETに接続され、わが国におけるインターネットが開始される。さらに、相互のネットワークでやり取りを可能にする共通の通信規格の登場により、誰もが接続できるネットワークとなり、1993(平成5)年には一般にも無料で開放され、WWWブラウザを利用することによって、文字情報、音声、画像、データ等を容易に伝送できるようになる。インターネットの利用者は、世界中のネットワークにアクセスして、情報を閲覧するだけではなく、自らホームページを開設して、情報発信が可能となった。こうしてインターネットは、誰もが自分の好みに応じた情報の探索、収集、発信、交換をすることできる双方向性の特質をもった新たなメディアとして確立したのである。
放送のデジタル化
インターネットの普及に前後して、放送自体も大きな転換期を迎える。地上波テレビ放送の完全デジタル化だ。2011(平成23)年7月24日、東日本大震災による被災三県(岩手県、宮城県および福島県)を除き、地上波テレビ放送の完全デジタル化は実現されることになる。
政府が、地上波テレビ放送のデジタル化計画を発表した1998(平成10)年10月の「地上デジタル放送懇談会」の報告書がある(※4)。この報告書では「高画質なデジタル放送が可能」や「一定の伝送帯域幅のもとで高精細度番組または複数番組の伝送が可能」などデジタル技術により実現される放送のイメージを掲げている。
このようなイメージは、この報告書から10年以上経った現在からみると、例えば、4K/8Kのような高画質サービスや、地上波テレビ放送のサブチャンネルやワンセグ放送などのサービス、地上波テレビ放送のデジタル化に伴い空いた周波数帯を利用したマルチメディア放送サービスとして実現されていることが分かる。
デジタル技術では、ひとつひとつのデータを圧縮して、大量のデータを送ることができる。これによって限られた周波数帯において、複数のチャンネルを設けたり、容量の大きい高画質のデータを送ることを可能にしたのだ。
放送のデジタル化による法制度への影響
(1)放送法の改正
放送のデジタル化が進む中で、制度面でも大きな転換期を迎える。2010(平成22)年の放送法改正だ。1950(昭和25)年に放送法が成立すると、有線ラジオ放送法(1951(昭和26)年成立)、有線テレビジョン放送法(1972(昭和47)年成立)および電気通信役務利用放送法(2001(平成13)年成立)と、いわば「接ぎ木」された法体系を有していた。そこで、通信・放送分野におけるデジタル化の進展に対応した制度の整理・合理化を図るため、各種の放送形態に対する制度を統合したのである(図3(※5))。
(2)著作権法の改正
地上波テレビ放送の完全デジタル化は、平成18年著作権法改正をもたらした(※6) 。すなわち、地上波デジタル放送への完全移行に当たり、難視聴地域に対する補完路として、有線放送による同時再送信と並び、IPマルチキャスト放送による同時再送信に、その役割が期待された。しかしながら、IPマルチキャスト放送は、著作権法上の「自動公衆送信」に当たるため、有線放送と比べて広範な権利処理を行う必要があった。そこで、著作権法上の取り扱いが見直され、有線放送による放送の同時再送信について実演家らに対して報酬請求権を付与するとともに、有線放送とIPマルチキャスト放送の著作権法上の取り扱いの統一が図られたのである(著作権法95条、97条、94条の2、102条参照)。
また、平成22年放送法改正により、著作権法における放送事業者の権利も見直された(※7)。すなわち、放送法改正により、有線放送事業者とIPマルチキャスト放送事業者の位置付けが見直され、共に放送法上の「一般放送事業者」と扱われ、同時再送信義務に服することになった。そこで、放送を受信して自動公衆送信を行う者が、法令の規定により行わなければならない自動公衆送信に係る送信可能化については、適用しないこととした(著作権法99条の2第2項)。
デジタル・ネットワークと放送、そしてこれから
技術的な歴史を遡れば、放送も、インターネットも、一対一を基本とする通信から誕生し、発展していった。放送はマスメディアとして、インターネットは双方向性をもったメディアとして発展を遂げたのである。ただ、例えば、放送と同時のインターネット送信(サイマルキャスティング)は、ラジオ放送のサービスで既に実現されているし、テレビ放送のサイマルキャスティングについても実証実験などが行われている。放送でも、インターネットでも、ほぼ同じ内容が、同時に視聴できるようになる。その境目は曖昧になりつつあるのだ。
放送のデジタル化・ネットワーク化は、多チャンネルや高画質といった新たなサービスを生み出し、制度的には、放送法改正をもたらし、著作権法にも影響を与えた。放送開始から100年を迎えるとき、デジタル・ネットワークの放送は、次のステップに進んでいるかも知れない。
※1:総務省「放送を巡る諸課題に関する検討委員会(第1回)」(2015年11月2日)配布資料『放送の現状』より。数値出典は「平成26年(2014年)日本の広告費」(㈱電通)による。(▲戻る)
※2:NHK放送文化研究所『2015年国民生活時間調査報告書』(平成28年2月)8頁、24頁を基に作成。(▲戻る)
※3:以下は、藤竹暁編『図説日本のメディア』181頁以下〔古川良治〕(NHK出版、2012)を参考にした。(▲戻る)
※4:報告書は、郵政省放送行政局監修=地上デジタル放送懇談会編『テレビ・ラジオのデジタル進化論-地上波デジタルのすべて』(クリエイト・クルーズ、1999)に所収。(▲戻る)
※5:総務省による資料を基に作成。(▲戻る)
※6:詳細については、文化庁長官官房著作権課「著作権法の一部を改正する法律について」コピ551号22頁以下(2007)参照。(▲戻る)
※7:加戸守行『著作権法逐条講義〔六訂新版〕』649頁以下(著作権情報センター、2013)(▲戻る)