衛星放送の誕生と発展
企画部広報課 君塚 陽介
衛星放送の概要
赤道上空3万6千キロ。およそ地球3個分離れた静止軌道上にある人工衛星からの電波が、地上に届けられる。
地上放送は、山頂などに設置された送信所を中継点として発信される電波を受信することになる。しかしながら、電波は、山や建物によって遮られ、家庭内で電波を直接受信して視聴することが困難な場合もある。しかも、遠くに所在する離島の場合には、海洋上に中継点を設置することもできない。そこで、より遠くに電波を届けるためのひとつの方法が人工衛星を使う方法だ。地球上の送信所から電波を人工衛星に発信(アップリンク)し、受信した電波を、受信者に送信(ダウンリンク)する(図1、図2)。このように送信された同一の電波は、一つの発信点から広範囲をカバーすることができ、経済的、効率的な放送が可能となる。また、離島などにおける難視聴解消にも適している。しかも、数多くの高画質番組を同時に提供することも可能であり、視聴者の数が増えても品質の劣化が生じないという特性がある※1。
現在、わが国では、NHK、WOWOW、民間放送局、スカパー!などによる衛星放送が行われている(図3)。
衛星放送前史
衛星放送の歴史は、衛星中継に遡ることができる。1950年代、米ソ間で宇宙開発競争が開始されると、通信衛星の実用化に向けた取り組みが加速する。わが国も、1964(昭和39)年の東京オリンピックに向けて、アメリカのNASA(航空宇宙局)の共同実験計画に参画することになる。
そして、1963(昭和38)年11月23日、初の日米間テレビ衛星中継実験に成功する。しかし、衛星中継が初めて伝えたのは、アメリカのテキサス州のダラスにおいて、当時のアメリカ大統領、ジョン・F・ケネディ暗殺という、衝撃的な事件であった。翌年10月10日、東京の国立競技場で開催された東京オリンピックでは、オリンピック史上初の衛星中継も実現されている。
放送衛星によるBS放送のはじまり
わが国も衛星放送の実用化に向けた歩みを進めることになる。1978(昭和53)年4月、わが国初の実験用放送衛星「ゆり」が打ち上げられると、様々な実験が開始される。そして、1984(昭和59)年には、後続機の「ゆり2号a」が、東経110度に打ち上げられ、世界初の直接受信衛星放送「NHK衛星第1テレビジョン」の試験放送が開始。1986(昭和61)年には、「ゆり2号b」が打ち上げられ、「NHK第2衛星テレビジョン」の試験放送が開始される。そして、1987(昭和62)年7月には、NHK衛星放送第1テレビジョンによる24時間放送が、1989(平成元)年6月には、NHK衛星第2テレビジョンによる24時間放送が、それぞれ開始され、わが国におけるBS(Broadcasting Satellite)放送が幕を開けることになる。
1990(平成2)年、「ゆり3号a」が打ち上げられると、政府は、民間にも1チャンネルを割り当てるとの方針を示す。この1チャンネルの枠に対して、多数の衛星放送事業の申請がなされたため、申請の一本化に向けた調整が行われる。そして、日本衛星放送株式会社(現在の株式会社 WOWOW)が設立され、日本初の有料BS放送「WOWOW」が、1991(平成3)年4月から開始されることになる。
通信衛星によるCS放送のはじまり
わが国における、通信衛星を用いたCS(Communication Satellite)放送の嚆矢となったのは、1985(昭和60)年の電気通信事業自由化であった。1989(平成元)年、日本通信衛星株式会社(のちにJSAT株式会社)が、わが国初の民間通信衛星を打ち上げる。さらに、宇宙通信株式会社(のちにJSAT株式会社らと合併)も、通信衛星を打ち上げている。
通信衛星を用いた映像伝送サービスのはじまりは、1983(昭和58)年に打ち上げられた国産の通信衛星を用いたものであった。そのサービスは、競艇を他の競艇場に生中継したり、大手予備校が人気講師の授業を分校に届けたりするというものであった。とりわけ期待された役割は、通信衛星を用いて多チャンネル化を目指すケーブルテレビ局への番組供給にあった。1985(昭和60)年12月、政府は、通信衛星を用い、ケーブルテレビ局に放送番組を供給する「スペース・ケーブルネット」について検討している。当時、ケーブルテレビ局が多チャンネルを実現するためには、ビデオテープで輸送するのが一般的であったが、輸送コストが課題となっていた。そこで、通信衛星を利用して、各ケーブルテレビ局が通信衛星からの電波を受信して、放送番組を届ける方法が考えられ、1989(平成元)年には、通信衛星を用いたケーブルテレビ局に対する番組供給サービスが開始された。
通信衛星を用いた個人向けの放送を可能としたのが、1989(平成元)年6月に改正された放送法だ。それまでの放送法では、放送設備を備え、送信する者と、放送番組を編成して送信する者とを一体とする「ハードとソフトの一体」とする形がとられていたが、放送法の改正によって「ハードとソフトの分離」が認められる。そして、1992(平成4)年4月、宇宙通信株式会社を受託放送事業者とする、わが国初のCSアナログ放送が開始される(「スカイポートTV」※2)。また、同年5月には、日本通信衛星株式会社の通信衛星を用いたCSアナログ放送も開始されることになる(「CSバーン※3」)。
衛星放送のデジタル化
いち早く放送のデジタル化が進んだのは、CS放送の分野であった。1994(平成6)年、アメリカで衛星デジタル放送「DIRECTV」が開始されると、わが国においても、商社と株式会社日本サテライトシステムズ(のちにJSAT株式会社)が中心となった日本デジタル放送サービス株式会社(のちに株式会社スカイパーフェクト・コミュニケーションズ)が、1996(平成8)年、日本サテライトシステムズによる東経128度の軌道上の通信衛星を用いて、わが国初のCSデジタル放送「パーフェクTV!」を開始する。他方、アメリカのデジタル衛星放送「DIRECTV」を運営するヒューズ・エレクトロニクス社と、わが国のCCC(カルチャー・コンビニエンス・クラブ)などを中心に、ディレクTVジャパン株式会社が設立され、東経144度の軌道上の通信衛星を用いた「ディレクTV」を開始。さらに、当時、世界のメディア王と呼ばれたルパード・マードック氏が率いるニューズ・コーポレーション・リミテッドとソフトバンク株式会社とが中心となり、フジテレビやソニーも資本参加してジェイ・スカイ・ビー株式会社を設立し、日本サテライトシステムズによる東経124度の軌道上の通信衛星を用いたCSデジタル放送「JスカイB」の開始を計画する。こうして、当時、CSデジタル放送を舞台とする「パーフェクTV!」、「ディレクTV」および「 JスカイB」の3つのプラットフォームが登場することになる。
1998(平成10)年5月、「JスカイB」を提供するジェイ・スカイ・ビー株式会社と「パーフェクTV!」を提供する日本デジタル放送サービス株式会社とが対等合併し、サービス名称を「スカイパーフェクTV!」と改めて、 CSデジタル放送を本格的に開始する。「JスカイB」と「パーフェクTV!」とは、それぞれ東経124度と128度と、近い軌道上にある通信衛星を使用するため、ひとつのパラボラ・アンテナで両方を受信できるとのメリットもあったのだ。2000(平成12)年には、「ディレクTV」が放送終了し、加入者を「スカイパーフェク TV!」が引き受ける形となった。こうして、2000(平成12)年には、CSデジタル放送サービスは、「スカイパーフェクTV!」に集約され、CSデジタル放送唯一のプラットフォームとして、現在に至っている。
一方、BSでは、2000(平成12)年12月から、デジタル放送が開始されている。NHK、WOWOWのほか、民放キー局がBSデジタル放送局を新たに開局し、CS放送を行っていたチャンネルなども、BSデジタル放送での放送を開始し、2015(平成27)年10月1日現在、29チャンネルのBSデジタル放送が行われている※4。
BSとCSの融合
2000(平成12)年、JSAT株式会社と宇宙通信株式会社との共同通信衛星が、東経110度に打ち上げられる。放送に使用される通信衛星が、東経110度の軌道上に打ち上げられることは、極めて大きな意義があった。すなわち、放送衛星と同じ軌道上にある通信衛星であれば、放送衛星と通信衛星の電波を、ひとつのパラボラ・アンテナで受信し、両方を視聴することが可能となるのである。
そして、2002(平成14)年、共同通信衛星を用いた110度CSデジタル放送が開始される。さらに、地上デジタルテレビ放送が、2003(平成15)年12月に、東名阪の三大都市圏で開始されると、地上デジタル放送、BSデジタル放送および110度CSデジタル放送の三波共用チューナーを内蔵したテレビが登場することになる。
2008(平成20)年10月、JSAT株式会社、宇宙通信株式会社および株式会社スカイパーフェクト・コミュニケーションズは合併し、宇宙・衛星事業と有料多チャンネル事業とを行う、スカパーJSAT株式会社が誕生し、現在に至っている。
※1:総務省『衛星放送の現状〔平成27年度第3四半期版〕』(平成27年10月1日)
※2:「スカイポートTV」は、「ディレクTV」に移行し、1998年に放送を終了している。
※3:「CSバーン」は、「スカイパーフェクTV!」に移行し、1998年に放送を終了している。
※4:データ放送、音声放送は除く。
〔参考文献〕
『20世紀放送史』(日本放送協会、2001)
『衛星多チャンネル放送ガイドブック2012』(サテマガ・ビー・アイ、2012)
スカパーJSAT株式会社ホームページ「もっと詳しく! スカパーJSAT」(http://www.sptvjsat.com/sp_world/worldtop/index.html)
取材・写真協力:スカパーJSAT株式会社