柔軟性の高い権利制限(フェアユース)規定は本当に必要なのか?
芸団協CPRA顧問弁護士 藤原 浩
ここ数年来、著作権の権利制限規定(フェアユース)をめぐる問題が繰り返し議論されている。これまで何度も議論され、その都度、結論が出されたはずであるにもかかわらず、今また、「柔軟性の高い権利制限規定」の名のもとで、その導入の是非が議論されることとなった。昨年6月、政府の知的財産戦略本部は「知的財産推進計画2015」において、今後取り組むべき課題として、デジタル・ネットワーク時代における技術的・社会的変化やニーズを踏まえ「柔軟性の高い権利制限規定や円滑なライセンス体制など新しい時代に対応した制度等の在り方について検討する」ことを示した。これを受け、昨年10月、文化審議会の法制・基本問題小委員会に「新たな時代のニーズに的確に対応した制度等の整備に関するワーキングチーム」が設置され、フェアユースの問題も議論されることになった。この問題を考える上で、これまでのフェアユースをめぐる我が国での議論の経過を簡単に振り返ってみたい。
最初にこの問題が大きく取り上げられたのは、2008(平成20)年11月、知的財産戦略本部が権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)を導入することが適当であるとの結論を出したことである。これにより、文化審議会では日本版フェアユースの導入の点が議論されることとなり、2011(平成23)年11月、三つの類型(付随的利用、適法利用の過程における利用、著作物の表現を享受しない利用)については、著作権侵害とすべきではないとの最終意見がまとめられた。そして、この三つの類型については、2012(平成24)年の著作権法改正により、「写り込み」に関する規定など、新たな権利制限規定として追加されることになった。
ところが、この改正案は、個別的な権利制限規定の体裁となったことから、もっと一般的な権利制限規定が必要だとの声が上がり、知的財産戦略本部は「知的財産推進計画2013」において、クラウドサービスをめぐる法的環境の整備を図るため「著作権の権利制限規定の見直し」についても検討を行うこととした。このため、2013(平成25)年6月から、文化審議会において、クラウドサービスとの関係でフェアユースの問題が再び議論されることになり、ロッカー型クラウドサービスを中心として、フェアユース規定の導入など法改正が必要であるかどうか集中的に検討された。その結果、ロッカー型クラウドサービスのうち、ユーザーがアップロードし、プライベートに利用する(共有しない)形態は私的複製に該当し、権利者の許諾は不要であるが、それ以外の形態については、権利者の許諾が必要であり、契約等で対応すべきとの意見に集約された。そして、文化審議会は、2015(平成27)年2月の報告書において、現行法で対応が可能であるとの結論を出すとともに、権利制限規定の見直しに関しては「各サービスに関して、現時点においては、法改正を行うに足る明確な立法事実は認められなかった」と明快に断じた。
このように、フェアユースをめぐる法改正の問題については、一応の決着がついたと思われたが、現実はそう甘くはなかったようである。冒頭で指摘したとおり、知的財産戦略本部は、「柔軟性の高い権利制限規定」という言葉で、またもやフェアユースの問題を取り上げることとなった。この点について、その背景には、TPP協定締結の動きがあり、権利者に対する保護期間の延長や著作権等侵害罪の一部非親告罪化など保護強化策の代償措置として、フェアユースの問題が検討されることになったと指摘する論者もいる。「知的財産推進計画2015」では、創造物を利用したサービスを我が国において創出し発展させていくためには、柔軟性の高い権利制限規定がますます必要になっているなどの記述がなされているが、先の文化審議会が示した「法改正を行うに足る明確な立法事実は認められなかった」との判断をどのように評価しているのであろうか。知財立国として将来に禍根を残さないためにも、柔軟性の高い権利制限規定が本当に必要であるのかどうか、これまでの議論の成果も踏まえ、冷静かつ慎重に判断してもらいたいものである。