SANZUI vol.08_2015 autumn

特集 80's Spirit

80代だから、挑戦する。
歳は、取るものでなく、重ねるもの。
舞台の上やテレビの中の80代を観ていると、そう思えてくる。
若い頃にその道に入り、夢や希望を追い続け、時には失敗や挫折もあっただろう。
それでも挑戦し続けることで昇華した、人生の高み、深み、輝き。
だから、80代の「今」というピークがあるのだと思う。
40代、50代なんて、まだまだ子ども。
そう言われているような気がする、80代の挑戦者たちである。

野村 萬×八千草 薫
芸に遊ぶ能楽師と臈長ける女優の挑戦。

Photo / Ko Hosokawa

――八千草さんは5月に公開された「ゆずり葉の頃」で主演、萬さんは萬狂言の舞台に出演されています。お二人に共通するのは、今なお現場の第一線をリードし続けていること。まずはこの芸の道に入られた頃のお話をお伺いします。

野村 伝統芸能の家に生まれ、気づいたらこの道に進んでいました。父が師でありましたが、スパルタ稽古でした。子供の頃の想いや体験は一番体に残っています。義務教育の時期は芸の修業の時期と重なるため、父からは勉強は中学(旧制)でやめるように言われましたが、東京音楽学校(現東京芸大)の邦楽科に入学しました。大学で能楽にとどまらず、様々なことを学び経験したことが、自分のとても大切な財産となっています。

――萬さんは親が師匠でもあり辛い思い出もあるけど、それが今の骨格になっているのですね。八千草さんは大混乱の終戦を迎え、直後に宝塚という全く違った環境に身を置かれている。真っ暗な焼け野原の中と、宝塚の舞台の特別な世界。

八千草 宝塚は夢そのものでした。でも実際に入ったら全然違いますね。厳しい稽古の現実がありました。音楽、衣装、吸収しなきゃいけないことがいっぱいです。当時は学科にありませんでしたが、浄瑠漓や三味線を習ったり。それらは今全部プラスになっています。

――芸を長く続けてこられた今だからこそ言える、昨今の舞台や映画についての想いを伺います。

野村 様々なジャンルで年寄りがもっと活躍できる場、存在感を示すことのできる舞台があって欲しいですね。伝統芸能は、幅広い世代が同じ舞台に位置することができる。また。古語を駆使しますが、大家族であれぼ、日常生活の中でも言葉に対する振幅度を感じることかできて、自然と身についていきます。能舞台を美しい日本語に出会える場にしたいと常に願っています。

八千草 昔は家族のドラマが多かったですね。「岸辺のアルバム」もそう。すると違う世代間の会話が多くなります。でも今は登場人物が若い人だけで、ちょっとつまらない気がします。その世代の価値観だけで話が進みますから。いろんな世代の人で物語かつくられていくと、若い人にもいろんな発見ができると思います。言葉の話でいうと、昔自分のアクセントを気にして練習したことがあります。でも今きちんとしたアクセントのかた少ないですよね。言葉は時代で変わるものですが、短くするのは好きではありません。

――舞台なら千秋楽、映画ならクランクアップ、試写会の時、この仕事やってて良かったなと思うことを教えてください。

八千草 先日「宮本武蔵」を久しぶりに観て、自分の演技がつたなく思いました。当時どうしていいのかよくわかってなかったんですね。すごくひたむきで、ただ武蔵を好き。それだけなんです。でも観ているうちにそれでよかったんだなと思いました。つたないほど単純に人を好きになる、自分を肯定できたのは、嬉しい発見でした。クランクアップからものすごく時間が経ってしまいましたが。

野村 「芸に遊ぶ」という言葉がありますが、孫との稽古や一緒の舞台に出たりすると、子供の心と一体にならなければ勤まりません。そんな時、「芸に遊ぶ」という境地の一端を感じる事があります。若い時よりは良い意味で軽く、気張らずに舞台に立てるようになりました。舞台に存した峙に、大勢の観客が温かく見守ってくださる。役者にとって本当に晴れがましいことです。

八千草 私も舞台に出てる時が一番気持ちが良い。気持ちが大きくなります。

――臈長(ろうた)ける。最後に萬さんは八千草さんを表してそうおっしゃいました。それは男性に対してはつかわない言葉。洗練された美しさと気品があることをいいます。その萬さん、芸に遊ぶ境地へはまだ至らないと、挑戦の日々が続きます。


聞き手 葛西聖司(アナウンサー)



PROFILE 野村 萬(のむら・まん) 1930年東京生まれ。能楽師(狂言和泉流)。4歳で初舞台を踏む。97年重要無形文化財個人指定(人間国宝)の名誉を受ける。2001年日本藝術院会員。08年文化功労者となる。早くから数々の大曲を演じる一方、新作狂言や新劇、TVドラマへの出演・演出などにも取り組む。現在も多くの舞台で活躍する傍ら、後進の育成にも力を注ぐ。(公社)日本芸能実演家団体協議会会長、(公社)能楽協会理事長。

八千草 薫(やちぐさ・かおる) 1931年大阪市生まれ。俳優。47年宝塚歌劇団入団、娘役として一時代を風靡。退団後、「宝塚夫人」で映画デビュー。主な出演映画に「蝶々夫人」「乱菊物語」「ディア・ドクター」「ゆずり葉の頃」などかある。2004年日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。他に舞台「二十四の瞳」、テレビドラマ「岸辺のアルバム」「阿修羅のごとく」をはじめとする数多くの作品に出演。

葛西聖司(かさい・せいじ) 東京都生まれ。司会者、古典芸能解説者。NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオの番組を担当。現在その経験を活かして歌舞伎など古典芸能の解説や講演を行う。また大学やカルチャーセンターなどで伝統文化の講演を行い、執筆活動も。著書に『文楽のツボ』『名セリフの力』『ことばの切っ先』などがある。

(※情報は発行当時)

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