SANZUI vol.06_2015 winter

エッセイ

Illustration / Asuka Kitahara

竹中統一「一滴の恵み」

 私たちの会社は、建築を専業とし、設計から施工までを一貫して行っている建設会社です。手掛ける建築物は、美術館や学校・ホテル・商業施設から住宅・工場にまで多岐にわたります。人間が生活するすべての空間を対象にしているといっても過言ではありません。ところで、その空間を大きく二つに分けるとしたら、どのような分け方があるでしょうか?いろいろな分け方がありますが、建築界ではよく「日常」空間と「非日常」空間に分類します。これは建築に限ったことではないのかもしれません。住宅や職場空間など日常生活に密接に関係している空間と、映画館や美術館など特別な目的を持って経験する空間とは明らかに区別しなければなりません。一般的には「非日常=特別なハレの場」は、刺激的で日頃味わえない感動を与えてくれるものと考えられています。

 2014年10月に竹中大工道具館が新神戸駅前に規模を大きくして移転・開館しました。実はこの敷地は、私の父や母が住み、私も幼少期を過ごした場所でした。新築にあたり、既存の庭をできるだけ残し、母が建てました茶室も残しました。この茶室は大徳寺玉林院の茶室「蓑庵」を模して造られたものです。母はよく日々の生活にこそ豊かさを宿すべきだといっておりました。日常生活という時間の中に茶会という「非日常」の時間を組み入れることによって、歓び、感動、新しい出会いや発見といった刺激を受け、五感や人間としての深みを磨いていたのではないかと思っています。

 この茶室は"一滴庵" と名付けられています。その名の由来は、一滴の雨粒が大地に浸み込み、土が蘇り、一粒の種から芽が出て大樹となる。その大樹が実をつけ、多くの命が育まれる。

 たとえ一滴でも、大きな可能性を秘めていることから、感謝の気持ちも込めてつけられた名前です。"一期一会" という言葉がありますが、ちょっとした出会いが人生を左右するようなことは珍しいことではありません。日本には、水墨画や浮世絵、あるいは俳句など、表現はシンプルでも本質に迫ることのできる文化があります。"Less is More" という建築家ミース・ファンデルローエの言葉も同じ意味かもしれません。光りに溢れ、多言な表現がもてはやされる現代社会に、ちょっと原点に立ち戻ってみるのもいいかもしれませんね。


株式会社竹中工務店 取締役会長CEO。1942年生まれ。甲南大学経済学部卒業後、竹中工務店入社。70年ミシガン州立大学大学院経営学部修士課程卒業。万博工事本部、企画室などを経て、73年取締役、77年常務取締役、80年取締役社長、2013年より現職。趣味はスキー、登山。(※情報は発行当時)

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