SANZUI vol.05_2014 autumn

裏舞台という名の表舞台

Photo / Ko Hosokawa   Text / Taisuke Shimanuki

舞台は客席から見える表舞台と
見えない裏舞台によって
成り立っている。
舞台を裏で支える人に光を当てる。

STAGE 08背景美術 島倉二千六

 映画監督・黒澤明の遺作『まあだだよ』。そのラストシーンの、オレンジ、緑、紫......とオーロラのように色彩を変えていく夕焼け空にマシュマロのような雲が浮かぶ夢の情景を記憶している人も少なくないだろう。島倉二千六さんは、その摩訶不思議な空を描いた背景美術家である。

「ある日、黒澤監督から朝8時半に呼び出されて、いきなりスケッチを見せられたんですよ。『夢で見た空なんだけど、これを描いてもらえないかい?』って(笑)」。映画界で「天皇」とも呼ばれた黒澤監督から指名を受けた美術家はそうはいない。島倉さんは悪戦苦闘しながらも、照明家の力を借りてリクエストに応えてみせた。その見事な出来に監督は惜しみない賛辞を送ったそうだ。映像制作にかかわる人々は、島倉さんを尊敬の念を抱いて「雲屋さん」と呼ぶ。それは、彼が描く空や雲が人の心を動かすことを知っているからだ。

 故郷の新潟で看板屋に勤めていた島倉さんが映画界に飛び込んだのは、17歳の頃。一足先に、撮影現場のスチールカメラマンとして働いていた兄の勧めを受けてのことだ。

「今井正監督や山本薩夫監督が設立した新星映画社で約3年、小道具などの美術を担当していました。ある日、東宝の撮影スタジオを訪ねる機会があって、そこで写真と見紛うような雲の絵を見たんです。その感動が忘れられず、東宝の門を叩きました」

 だが、厳しい職人の世界が健在だった時代だ。いきなり雲を描かせてもらえるわけもなく、昼は助手として働き、夜は先輩から紹介された特撮ドラマの現場で働いた。

「東宝で先輩だった成田亨さんから『どうせ東宝じゃ雲は描かせてもらえないだろう。だったら俺の仕事を手伝えよ』と言われて。当時、円谷英二さんが『ウルトラマン』の制作を開始していて背景美術を描ける人間を探していたんです」

 初代ウルトラマンに始まり、『ウルトラセブン』『~タロウ』など、ほぼすべてのウルトラシリーズの現場に携わった経験はその後のキャリア形成にとって代え難いものだったという。その後、東宝から独り立ちした島倉さんは、映画や特撮だけでなく、コマーシャルフィルムや博物館に展示するジオラマの背景美術なども手がけるようになる。その頃には、雲の専門家として誰もが一目置く存在になっていた。

「雲や空を描く難しさは、雰囲気をいかに出すか。背景ですから、その前に立つ役者より目立ってはいけません。でも、空が画面の大半を占めることはとても多いので、おざなりでもダメ。歌舞伎の黒子のように出しゃばらず。でも、夏の爽やかさやこれから起こる不穏な事態を瞬間的に感じさせるような存在感を持った雰囲気を出すのが醍醐味です」

 コンピュータ・グラフィックス全盛の現在、手描きの背景美術は残念ながら主流とは言えない。だが、それでも島倉さんへの仕事のオファーが絶えないのは、その職人的なこだわりへの信頼と、手描きだからこその「味」に魅了されるからだ。

「CGでは表現できない雲を描きたいといつも思っています。スペクタクルを感じさせる荒々しい雲だけでなく、寂しさを感じさせるような静かな雲だとか。旅が好きで、特にシルクロードは40年近く通っていますが、チベットやモンゴルの高地で目にするような鮮烈な色にはなかなか追いつけない。でも、だからこそ現実とはちょっと違う雲をみなさんに届けたい」

 半世紀にわたって雲を描き続けてきた島倉さん。理想の雲を追い求める旅は、まだ終わらない。


PROFILE 1940年新潟県生まれ。版画家を志して17歳で上京。今井正、山本薩夫、亀井文夫らが創立した独立プロダクションに美術スタッフとして参加。その後、東宝と契約。CMなどの背景美術を手がけるかたわら円谷プロ作品にも参加し、『ウルトラマン』シリーズなど多数の特撮作品で腕を振るう。現在は自身の工房「アトリエ雲」を設立。映画、CMなどのほか、全国の博物館・資料館に展示されたジオラマの背景画の制作を行う。

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