SANZUI vol.04_2014 early summer

特集 変身

舞台の魔法
たとえば、男が女になる。たとえば、女が男になる。
たとえば、若者が年寄りになる。たとえば、現代人が未来人になる。
舞台の上で、ドラマの中で、さまざまな演者が、
鮮やかな「変身という魔法」を見せてくれる。
華やかな「変身という魔法」で魅せてくれる。
しかし、それは、魔法などという簡単なものではなく、
演者の一生における努力の結晶であり、
変身しても変わることのない強い意志であることをあなたは知るだろう。

能楽師 シテ方喜多流 大島輝久能面の魔力。様式の底力。

Photo / Ko Hosokawa   Text / Kaoru Kawashima

本番前の最後のひと時、シテと呼ばれる主役は、能舞台に隣接する「鏡の間」で大きな鏡の前に座り、精神を集中させる。空気も息をひそめるような時間。能面に一礼をし、顔にかける。再び集中の寸刻を過ごし、やがて幕の向こうの舞台へ静かに歩み出ていく―――。

継承されている演劇として世界最古と言われる能は、一見、派手な演出も凝ったストーリーもなく、捉えどころのないイメージがあるかもしれない。しかし、実は演者の身体は秘めたエネルギーに満ち、能面は豊かな表情を見せる。深い感情に包まれる舞台は、現代でも観る人の心を鷲づかみにする。鏡の間の儀式性、能面の不思議、舞台の深遠。能の秘密に迫りたくて、大島輝久さんに話を伺った。浮かび上がってきたのは、650年続く芸能の底力だった。

"変身" の象徴にも見える能面をかける瞬間は、大島さんにとって、舞台に対する「覚悟を込める瞬間」だという。「能面をかけると、視界が狭く、暗い。必然的に気持ちが内向し、自分自身と対峙するようになってきます。そうすると、自分だけが違う空間にいる気がしてきて、何か別の力に突き動かされる感覚があるんですよね。それを妙に冷静な自分が眺めていたり。能面には、人間の内部を変える力があるんだと思います」。スポーツの世界で言われるゾーンに近い状態になることもあるという。「能面がそれを起こりやすくさせていることは間違いないでしょうね」

いわゆる"役作り" について尋ねると、意外な答えが返ってきた。「現代演劇と異なり、能は様式が定まっています。どちらの足で出るか、止まるかも明確に決まっている。その決まり事を忠実に実行するのが最初の段階です」。泣く時の型、手の角度、声色を変えないというルールなど、様式の内容は様々だ。「稽古を重ね、様式の"技術" を突きつめていくなかに、自然と役柄が入っていく、という考え方です。それがいわば役作りでしょうか。能というのは、そこま で技術が体系づけられているんです」。役柄への個人的な意識は、かえって能の作用を薄めるという。「われわれは芸術家というよりは特殊技能者ですかね」と大島さんは笑う。「質の高い稽古を繰り返すうちに、意味のない様式の中に意味が出てくる。役柄の心持ちがふわっと現れて、何とも言えない、いい雰囲気が舞台に広がる瞬間があります。理屈じゃない。だから、能面をかけ、覚悟を決めた瞬間に自我はどこかに捨ておいて、ただ一心にやる。能は自意識を超えたものを目指している演劇なんだと思います」

室町時代から受け継いできたのは、そんな"変身" の瞬間を追い求める姿勢かもしれない。「能はとんでもなく奥が深く、恐ろしい完成度を持っています。それを先人から与えられた。自分は通過点に過ぎないと思っています。いい舞台をすることで、次により良い形で繋ぎたい」


PROFILE 1976年広島県出身。100年の歴史を持つ能楽堂を受け継ぐ、能大島家5代目。3歳「猩々」で初舞台。27歳で高校卒業試験のような「猩々乱」を、34歳で独立前の大学卒業試験に例えられる「道成寺」を披く(初演のこと)。「燦ノ会」共同主宰。「能は普通の人が定年となる60歳ぐらいからが本番。目の前の舞台に対し、一生かけて懸命でいられる。幸せだなぁと思います」

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