SANZUI vol.03_2014 winter

ロングインタビュー 吉行和子

「最後は舞台女優として幕を閉じるのが、私の大切な人生のテーマです」

フィクションの中にいる喜び

――舞台、映画、テレビなどで芝居の意識は変わるのですか

演技をやっていく上で、これは舞台だから、これは映画だからというのはありません。私がここまでやって来られたのは、フィクションというものの中に自分が入れる喜びが私の人生の中で続いているからです。フィクションは、舞台も映画も同じ。もちろんやり方とか目の前に生のお客様がいらっしゃるとか、カメラがあるという違いはありますが、私の頭の中では、フィクションの中に今、いるんだっていうことが何よりも大切です。

――台詞を覚える時からフィクションの中に入るのですか?

まずは、とにかくひたすら何度も台本を読み込みます。最初は字も見えませんけど、何度も読み込むとページの最初はこういう字だったなって頭の中で字が見えてきます。字が見えているうちはまだダメで、さらに読み込んでいくと、だんだん字が自然と頭の中から消えてくる。そうなると「よしっ」て感じで、初めて舞台に立ちます。頭の中の字が全部消えていると、私はフィクションの中の人となり、自由な気持ちで舞台に立っていられます。

――女優として一番大切にされていることは何ですか?

自分の心が動くということですね。自分の役が面白そうって思えなければ絶対上手くいかない。面白そうならどんな小さな役でもいいし、自分がこの役をやりたいと思ったらやります。長いこと女優を続けているので、役を貰った時に、ああ、この役はこうやってやればできるって想像できてしまうのが一番嫌。いつも初めてやる役という気持ちで演じています。引き出しが多い方がいいと言う人もいますが、私は絶対に引き出しは空っぽにしておいて、いただいた役は初めてという気持ちをいつも持っていたい。どうしたらいいんだろう、とオロオロしていたいんです。私は決まってしまいたくない。何を考えているのか、わからないって良く言われますが、テーマは何とか、レパートリーは何とか、どういう傾向のものをやろうとしているのか、という質問をされるとすごく困ってしまう。私の中ではテーマは何もなくて、お話しをいただいた時に、何か面白そうだなって自分が感じることが、一番大切です。私の中では一つひとつの役を冒険という気持ちでやってきたものですから、これだけ長い時間退屈せずに女優を続けて来られたんだと思います。


募ってきた舞台への思い

――一人芝居も面白そうだなって思ったのですか?

舞台の本当の醍醐味を知ったのは一人芝居をやるようになってからです。

初めて一人芝居のお話しがあった時は、まだ渡辺美佐子さんの『化粧』くらいで、私には絶対に無理だって思っていました。いつもはほとんど即決する私が、かなり悩みました。ところが、絶対に無理だと思えば思うほど、逆にやってみたいという気持ちがふつふつと、わき上がってきました。結局フランスの芝居で『小間使いの日記』という一人芝居を上演して、さらに『MITSUKO ̶ ミツコ 世紀末の伯爵夫人』という明治時代にオーストリア=ハンガリー帝国の伯爵と結婚してヨーロッパに渡った日本人の一人芝居を演じることになります。

――『MITSUKO』は13年間続きましたね。

スポンサーもなく、呼んでくれる人達がいればどこへでも行きました。いままで芝居を観たことがないような方々に是非観てもらいたいので、舞台装置もできるだけシンプルに作りました。行く先々で初めて生で舞台を観たとすごく感動して、面白がってくれた。舞台と客席とが繋がってみんなを巻き込んで一緒に芝居を進めていく。お客さんの熱いものを感じて、私の方が元気をいただき、すっかり一人芝居が病み付きになってしまいました。ヨーロッパ公演にも何度も行くチャンスを頂きました。そして13年の間に観客が変わる、世の中が変わって行く。それを一人で感じられる一人芝居の舞台に立っていると、舞台というのはこういうものなんだな、役者の醍醐味とはこれなのかというのが、頭じゃなくて身体でわかりました。

――せっかく面白さに目覚めたのに舞台をやめると仰いましたね。

出ていく時のワクワクする気持ち、お客様が感動して、とても喜んで下さるのが、ダイレクトに伝わって来る『MITSUKO』の舞台。その醍醐味と幸せを13年間、十分に味わったんだから、まだやれると思う時に、やめておこうかなって思ったんです。そこで『MITSUKO』が終わって、もう一本だけ舞台をやって、私は舞台を降りました。それが4、5年前のことです。幸いなことに最近、映画のお仕事を次々に頂くことができて、充実した日々を過ごしています。私が年を取ってきたのと世の中が高齢化社会に目を向けてきたというところがうまい具合に噛み合ったんでしょうね。

――やはりもう映画とテレビだけで、舞台へは立たないのですか?

実は昨年怪我をして、じっくりと自分と向き合う時間がありました。そして、もう一つ舞台をやりたいなっていう気持ちがふつふつとこみ上げてきました。いくつまで生きられるかわかりませんけれど、台詞が覚えられ、身体が動く間にもう一度、舞台をやろうと決めました。何をやるのかというのは決めないで、どんな気持ちになって行くのかなあ、何をやりたいって自分が思うのかなっていうのを焦らずに待っていようと思っています。最後は舞台女優として幕を閉じるのが、最近できた私の大切な人生のテーマです。役者を続けて来たからこそ、私の人生はいつも満たされてきたんだと思います。役者はいくつになってもチャンスがありますからね。思いがけずに歩みはじめた道でしたが、素晴らしい出合いをしたのだと、それをいま、心から実感しています。


PROFILE 女優。東京生まれ。父エイスケ、兄淳之介、妹理恵は作家。母あぐりは美容師。日本アカデミー賞優秀主演女優賞、毎日映画コンクール田中絹代賞、紀伊國屋演劇賞個人賞など、舞台・映画での受賞多数。映画『愛の亡霊』『折り梅』『佐賀のがばいばあちゃん』『東京家族』など、テレビでは『3年B組金八先生』『ナースのお仕事』『ごちそうさん』などで幅広く活躍中。主演映画『燦燦』『御手洗薫の愛と死』は現在公開中。(発行当時の情報です)

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