SANZUI vol.02_2013 autumn

ロングインタビュー 桂 歌丸

Photo / Ko Hosokawa

俺は絶対落語家になるって
小学校四年生の時に決めた

噺家になるきっかけと入門まで

話し言葉がこんなにも綺麗で心地良いと感じる人はそうはいない。高座での歯切れのいいテンポあるしゃべり。そして情景がありありと頭に浮かんでくる絶妙の間。これぞ名人芸の極みといってもいい。落語という芸一筋に打ち込み、長年言葉一つで世の中に笑いと人情の機微を伝え続けてきた。近年では、滅多にかからない演目の発掘や三遊亭圓朝作品などの古典落語にも光を当て、落語の奥深さをさらに極めようとしている。何がこれほどまでに落語に打ち込ませるのか。落語の魅力と噺家としての思いを桂歌丸さんにたっぷりと伺った。

――小さい頃に落語家になる決心をされたそうですが、きっかけは?

あたしが小学生の頃は、戦後すぐで世の中に何の笑いもない時代。あるのはNHKのラジオだけ。当時週に二回ほど寄席の番組があり、今は亡き昭和の名人といわれる噺家達が出演し、毎回それはもう沸かしていましたね。それを聴いて、人を笑わせる仕事をやってみたいと。うちが華やかな商売だったこともあり、あたしも小さい時分から大変陽気な人間でしたからね。俺は絶対落語家になるって小学校四年生の時に決めた。あたしは祖母に育てられた。祖母に小学校出たら噺家になるって言ったんです。そうしたら祖母がみっともないから頼むから中学校だけは行ってくれって。それでいやいや行きました(笑)。

――中学校でもみんなの前で落語をやっていたのですか?

その頃は今みたいに体育館などなくて、体育の時間に雨が降ると自習だった。自習っていったって何もない。鍵盤の壊れたオルガンが一台だけ。何か遊びをやったり歌を歌ってたりしていたのですが、ある時、あたしが落語をやった。これが大受け。それからというもの雨の日の体育の時間は毎回あたしの独演会。そのうち他のクラスの子まで先生のところに来て、あたしに落語やって欲しいから貸してくれって。すると先生は「じゃあ行ってこい」ですからね。あたしは真面目に数学の授業なんかを受けているのに(笑)。当時あたしが育ったのは色町で映画館もあった。そこで暮れになると特別に演芸がかかった。あたしが覚えているのは、先代の三遊亭圓歌師匠と可笑師匠。それに漫才の隆の家栄竜・万竜も記憶にあります。その時、圓歌師匠が『ボロタク』をかけた。それが当時のあたしの十八番。もちろん今みたいに録音なんかありませんが、一回か二回聴くとたいがい覚えちゃった。あの頃の記憶力が欲しいですね(笑)。今は何十回聴いても覚えないから。でも落語が心から好きで楽しかった。それは今もずっと変わりません。



落語修行の厳しさと面白さ

――昔から歌舞伎をよくご覧になっているのは落語の修行のためですか?

これはね、大師匠の古今亭今輔に、あたしが入門した頃からとにかく歌舞伎を観ろ観ろって言われたから。なぜかというと、間の勉強。例えば台詞の間、鳴り物の入る間、歌舞伎にはそういった間がたくさんある。歌舞伎の役者衆はいいですよね。相手がいるんだから(笑)。ところがあたしら噺家は高座で一人だけですよ。一人で何役もやるから間が悪いと受けない。お客さんが乗ってこない。この間を覚えろっていう意味で歌舞伎を観ろって大師匠は言ってくれた。そのうちにね、あたしがひょっと気がついたのが型の大切さ。噺家は扇子と手拭いだけ。小道具はありませんよ。扇子を刀にしたり、徳利にしたり、槍にしたり、とにかくいろんなものに使います。手拭いは紙入れだの手紙もそうですし、これもいろいろ使わなければならない。さあ煙草を一服するにしてもいろんな吸い方がある。例えば侍の煙草の吸い方、町人の煙草の吸い方、町人でも大店の旦那の吸い方と番頭の吸い方はまた違います。煙草の吸い方一つとってみてもそういう型を歌舞伎で観ておけば落語の噺の中で生きてくるのです。

――女の色気、男の色気なども歌舞伎から学びましたか?

これが歌舞伎を観て一番参考になったかもしれませんね。あたしは男ですが、噺家だから女性も演じなきゃいけない。いくらか裏声は出しますけど声はどうやったって変えようがない。じゃあどうすればいいか?歌舞伎の女形の芝居を観ていてひょいと気がついた。目でしゃべればいい。相手を正面から見て真っ直ぐ目を見て話せば男に見える。ところが斜に構えて横目で見てしゃべれば女に見える。まあ男の色気も女の色気も目。どっちにしろ目が色気の一番の眼目じゃないですか。

――舞台でのキャラクターの演じ分けもとても難しいのではありませんか?

落語はたった一人で本当にたくさんの役柄を演じなければならない。役者衆は衣装がありますが、噺家は紋付き羽織袴だけで勝負です。こりゃ大変なことですよ。小さな子供から年頃の娘。侍でも大名もいれば浪人もいる。これも歌舞伎や先輩の噺家なんかの型を良く見て研究して自分なりの演じ型をこしらえていかなければならない。ただね、あたしが入門してすぐ、今輔師匠からお爺さんとお婆さんのしゃべり方を良く教わった。言葉は汚いんですけど、師匠が「ババァって言ってみろ」っていうから「ババァ」。「それじゃあジジィって言ってみろ」っていうから「ジジィ」って言いました。実際に言ってみるとよく分かりますが、「ジジィっていうのは歯で言う。ババァっていうのは唇で言う。だからお爺さんをやるときは歯でしゃべれ。お婆さんをやるときは唇でしゃべれ」と教えてくれた。これはありがたかった。だから若い時からお婆さんを平気でやっていた。こんな丁寧で分かりやすい教え方してくれる師匠はそういませんよ。たいていは、聴いて覚えろ見て覚えろですからね。

――噺家にとって一番の基本、土台はなんでしょうか?

やっぱり間でしょうね。間以外に何もない。例えば『寿限無』なら『寿限無』をやっても間の良い人は受ける。間の悪い奴は受けない。だけどこの間が難しい。噺は教えることはできますが、間だけは教えることができない。人によって全部違いますからね。だからあたし達の商売は早く自分の間をこしらえたものが勝ちですね。それには人の噺をよく聞くこと。いろんな人の噺の間を見て聞いて、間をつかむ。この人は間が良いから受けるんだな。だったら自分はこうやってみようとかね。最初はもちろん人真似、師匠の真似ですよ。あたしでいうと今輔の真似。それから自分の間をこしらえていくわけです。お客さんによっても場所によっても、その場を読んで間を変えなければならない。これがまた難しい。間を心得ている噺家は間違いなく成功してます。間をまったく心得てなくて、ただのほほんとやっていれば何十年やったって同じこと。もちろん噺を覚えるのもとても大事ですが、間をこしらえるってことが一番噺家にとって肝心なことだと思いますよ。

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