PLAZA INTERVIEW

vol.018「釣りと仲間と音楽と」

1971年、高校の先輩である南こうせつさんに誘われ「かぐや姫」に参加。1975年の解散後、大久保一久さんと「風」を結成。かぐや姫時代に作った「二十二歳の別れ」が風として、「なごり雪」がイルカさんによって大ヒット。1979年の「風」解散後はソロとなるが、1985年から1993年まで主だった活動を休止していた。活動再開後から現在は、ソロ活動のほかに、太田裕美さん、大野真澄さんの3人で「なごみーず」としてライブを行うなど、ミュージシャンとして、シンガーソングライターとして、「正やん」の作品世界を愛する長年のファンをよろこばせている。昨年病に倒れた「風」のパートナー大久保一久さんの回復を信じて、今年は『風ひとり旅』と題したライブツアーも行っている。このインタビューの行われた3日前には、大阪城ホールのLIVE『君と歩いた青春』1万人コンサートに参加し、プロデュースもつとめられた。9月20日には、「南こうせつ サマーピクニックフォーエバー in つま恋コンサート」にゲスト参加する。多趣味で、凝り性、理論派といったプロフィールもお持ちの伊勢さん。音楽界で一、二といわれるフライフィッシングなどについて、今回は、「まったく同学年」の松武秀樹CPRA広報委員長が、「ミュージシャン」伊勢正三の音楽と趣味、人生などについてじっくりとうかがった。
(2009年09月17日公開)

Profile

ミュージシャン
伊勢正三さん
1951年11月13日生まれ。大分県津久見市出身。
1971年に南こうせつ、山田パンダとともに「かぐや姫」を結成。その後「風」を経て現在は、ソロで活躍中。代表作は「なごり雪」「22歳の別れ」など多数。趣味は、フライフィッシング、ガーデニング、ワインなど多様。
※「南こうせつのサマーピクニックフォーエバー」は、1981年から10年間にわたり夏に開催されていた音楽フェスティバル。毎回豪華ミュージシャンやアーティストを迎えオールナイトで行われていたが、99年に1回だけ復活し、さらに10年振りの復活となる今回は、客層などを考慮し、時期も真夏ではなく、時間帯も昼から夜の7時間に変更された。

伊勢正三Official Website
「南こうせつ サマーピクニックフォーエバー in つま恋コンサート」公式サイト

コンピュータと音楽

―― 伊勢正三さんが、ずっと昔からパーソナルコンピュータを使って音楽を作っていたということは知る人ぞ知る事実ですが、そもそもどういうきっかけで始められたのでしょうか?

018_pho01.jpg 僕が初めて手にしたコンピュータはappleⅡだったんでかなり早いパソコンユーザーだったと思います。まだ8ビットで、当時たしか30何万円でした。渋谷のデパートに1台だけあったのを買いました。マニュアルも日本語版はありませんでした。ちょうどRolandのシーケンサーのMC-8、MC-4が出始める時代のちょっと前からだったと思います。MC-8、MC-4によってみんながシーケンサーを使えるようになったわけですが、僕、電気とかは弱いんです けど、直観でそういう時代が来るなという気がしていたわけです。あとは、男の子のオモチャみたいなところもありました。ちょっと高価なオモチャですけど、 appleを立ち上げた2人のスティーブ、スティーブ・ジョブスとスティーブ・ウォズニアックの夢も含めて、すごく魅力的に感じたんですね。

―― なるほど。
また音楽的には、自分の中で「グルーヴ」というものにすごく興味が高まった時代で、たとえば8ビートのピックの突っ込み方、スネアドラムのタメ方みたいなものをこだわりたいと思ったわけです。そうするとレコーディング・スタジオなんかで、現場のミュージシャンとちょっともめたりなんかして、「でも譜面に書いてある通りじゃない?」って言われるとその通りなんだけど、なんか違うって感じありますよね?自分のイメージしているタイミングがどうにかならないものだろうか、というのが自動演奏への関心のきっかけだったわけです。

―― 音を、自分のイメージ通りにコントロールしたいと
そうですね。でも、その頃もいまも変わらない持論ですけど、コンピュータの利点は、ヒトが飽きるような仕事を忠実に、繰り返しやってくれること。コン ピュータが頭が良いというのとは違うと思っていますね。人間が紙と鉛筆で計算したら2000年かかるのを数秒でやってしまう。そのスピードと、同じことを繰り返すという忍耐力が素晴らしいのだと。ですから、コンピュータを知れば知るほど、クリエイティブなものに対する期待はしないようになってきますね。コンピュータが正確だというのもとんでもない。どうやってもタイミングは少しズレるし、本物の人間と同じことは絶対無理だということを分かったうえで使うべきだと思っています。

―― 人間と比較するものではないということですね。
松武さんはよくおわかりだと思いますが、人間と同じことはできないものだ、と割り切って、分かったうえで使わなければちょっと勘違いしてしまうということです。僕ははじめの頃からそう思っていたので、「できてくる音が人間っぽいのにほんとにコンピュータなの?」とか言われたんですが、そこは苦労してこだわっていたところなわけです(笑)。

―― よぉ~く、わかります。(笑)
だって、チェロなんか弾けないのに、ギターで入れれば、パソコンがチェロの音で弾いてくれるなんて、もちろん素晴らしいですよね。便利ですよね(笑)。
半分冗談ですけど、早く始めたということで言えば、僕のほうがYMOより早く始めていたわけで、ただ、YMOには松武秀樹というひとが居たと。そのころ僕はひとりで試行錯誤しながら、苦労してやっていたわけですよ。もちろん楽しみながらですけど(笑)。かぐや姫にいた頃なんか、コンピュータなんて正反対のイメージだし、南こうせつなんかいまだに携帯メールも扱えないひとだし。でも僕は両方が好きなんですよね。きっちり計算された音楽も、南こうせつの計算できない雄叫びやビートなんかも大好き(爆笑)。

音楽配信と音楽

―― 音楽配信などに代表されるマーケット事情についてはどう思われますか?

018_pho02.jpg 諸刃の刃ですよね。時代がこれだけ進んだのだから当然のことだと思うし、音質にしても、アナログからデジタルに切り替わったばかりの頃と比べると倍音も最近は出るようになっていると思います。音楽配信には個人的には興味がないんですが、マーケットが求めるなら仕方のないことだという考え方ですね。ただ、ビジネスをする人たちのモラルとか、考え方とか、音楽がお金と結びつくことによっていろんな弊害が出てくるのは嫌だなと思います。

もちろん僕らは曲を作るときに「売れるかな?」「ちょっとはお金になるかな?」ということを少しは考えるものだけど、音楽というものは基本的にヒトをハッピーにするものだと思う。悲しい歌を含めて、ヒトをハッピーにするために、ある意味神様がヒトに与えてくれたものなんじゃないかと思って作っているんです。それをハナからわかっていない人たちに言ってもしょうがないことなのかな、という感覚もありますよね。

―― 音楽は人間をハッピーにするチカラがある...。いい言葉ですね。
もちろん、音楽配信は、とくに地方のファンにとっては、音楽がもたらすハッピーをすぐにどこにいても手に入れられるというメリットがありますよね。でもそれを利用して、何かよからぬことをしようとする人も出てくる。また、音楽的にはクォリティが一定のレベルまで達していない質の音楽まで平気で配信されたりしている場合もあると思う。バラエティ豊かなのは良いけれども、ちょっと多過ぎかな、という印象があります。そのためにも、僕ら作り手が最初のレベルでクォリティにこだわっていかないといけないと思います。30年、50年、100年経ってみれば、結局残るのはいいメロディーであったり、いい歌詞、言葉、いい声、いい演奏だと思っているので、ちょっとでもズルをしようとかいう人がいるとか、そういう悪い面については、僕はそれほど気にはしていませんね。それよりも、そういう人はどうしても居るんだから、すべてを包み込めるような大ラブソングを書くことしかないのかなぁ、と思ったりもしていますね。音楽によってグッとくる気持ちが大事なんだ、ということを信じていますから。それは松武さんたちが僕らを代表して権利関係の仕事をしてくれているのも同じだと思います。ハッピーを届ける音楽の環境を守りたいから、というふうに理解しています。

フライフィッシング

―― ここからが今日のメインテーマなんですが(笑)。テレビの釣り番組に出演されたり、専門雑誌の表紙にもなってしまうほどお好きなフライフィッシングについて教えてください。まず、フライ(擬餌針)から手作りするということですが、大変じゃないんですか?
はい。たいへんですね(笑)。でも、フライを手作りするのも、もちろん釣りも、めちゃめちゃ楽しい。もともと子どもの頃から、海釣りも川釣りも大好きだったんです。自然と遊ぶのがなにより好きでしたね。フライフィッシングを最初にしたのは、丹沢でキャンプをしたときヤマメを釣ったのが初めてでした。しかし そういうふうに釣れるようになるまえに、じつはフライとの出会いがあったんですね。というのは娘がまだ小さい頃に、一緒に奥多摩にドライブに行ったんですね。そこでただボーッと遊んでも仕方ないから、釣り竿でも買おうかと、そこにあった釣り道具屋に入ったんですね。そこに「昆虫」がい~っぱい売ってた。なんで?釣り道具屋に虫があるの?って帰ってから調べたら、それがフライフィッシングに使う擬餌針、毛針だと。そのときの奥多摩では魚は一匹も獲れなかった けど、オタマジャクシと川の石と水を、持っていった水槽に入れて帰ってきた。玄関にその水槽を置いていたら、ある日すごいものを見てしまったんです。それは石に付いていた水生昆虫の幼虫、蜉蝣が羽化する瞬間だったんです。そのほんの数秒のできごとがむちゃくちゃ感動的で、もともと子どもの頃から昆虫採集が 大好きだったし。魚の主食は虫なんだ。あ、そうなんだ。という所から、はまり込んだんですね。

―― しかし、そこからまず釣りではなく、フライづくりから始めたとか?
そうなんです。僕が変わってるのは、まず毛針を巻くことから始めたんです(笑)。毛針を巻く、作ることを「タイイング」って言うんですが、その万力やら針やら、糸やらが入ったタイイングセットを誕生日プレゼントかなんかでもらって、まったく自己流でやってたんですが、さすがに上手くいかないのでビデオや専門書なんかを買ってきて作るようになりました。

―― 伊勢さんのブログによると、風が難敵だと?

018_pho03.jpg だって、川の上には平気で10メートル以上の風がびゅんびゅん吹いている。フライフィッシングの醍醐味は、自分が巻いた毛針だけをつけた長い釣り糸、ラインをその重みだけでキャスティングして、魚が居るとわかっている、あるいは居ると思われる8メートルから10メートル先の川面に落として釣ることなんです。 そこで、本物の虫と僕の毛針の虫のなにが違うかというと、僕の虫には糸が付いているということなんですね。いくら苦心して虫に似せた毛針でも、魚の鼻先を よぎらせるときに、糸の航跡が見えたり不自然な動きになると、あんなのは虫じゃないと魚にはすぐわかってしまう。だから、こうやってこうやって(身振りを 交えて説明する正やん。一生懸命聞く松武委員長)、糸をたるませてループを作って投げたり、曲げたり、たるみをとったり、いろんなことをしながらキャスティングするわけです。だから、それを邪魔する風との闘いが重要になるということです。

―― (は?ハー?。)駆け引きが大事なわけですよね??(なんとなく...)
(さらに、話はより専門的に。)つまり僕は、最初からそういう計算をして落とすわけです。川がこっちから流れているとしたら、まっすぐ投げたら落ちた瞬間に、この流れにビュッて引っ張られるけど、最初からこうやってカーブかけてあげると、ピュンって落ちた瞬間に、この、ここのポコってカーブの部分が押し流される間、そのあいだの数センチ、十数センチは毛針が自然に流れる(さらに身振りを交えて説明する正やん。一生懸命聞く松武委員長)。それが勝負なんです。それが風の向き強さ、魚のいる場所に合わせて、その日だけでなく時間によっても、刻々と状況が変化するわけなんです。そうゴルフと似ているかも知れませんね。完全にスポーツですよね。フライフィッシングには、ドライフライフィッシングと水に沈めて釣るウェットフライフィッシングの2つがあるんですが、 僕は、水面に浮かせたフライを使うドライフライフィッシングが好きなんです。魚がフライを食べに来た瞬間が見えるんです。その瞬間がたまらないんですよ ね。よくぞ俺が作った毛針を食べてくれたって思うと、釣り上げた魚を食べる気にはならないですね。もちろん最初の頃は、釣り上げた魚をちゃんと食べていたんです。変なたとえかも知れませんけど、金魚すくいの金魚って食べる気にならないでしょ?それと同じ。愛しくって。

―― (あ!)つまりキャッチ&リリースですね!?
そう。だからリリースをするんですけど、じつはリリースが一番難しくって、魚の適水温は10度くらいなのに、体温36度の人間が掴んだら魚は火傷のような 状態になる。せっかく逃がしてあげても、元気に帰れないどころか、皮膚病になったり、子孫を増やせなくなったり、死んでしまったりするんです。僕は魚を掴む前に、手を川につけて冷やしておいて、なるべくそっと握って、できれば触らないようにして針を外します。ただリリースするのが素晴らしいこととは思いませんよ。針で傷つけたりするわけですから、魚のことを考えたら、釣りなんかしないのが一番いいんです。でも、釣りをしたい気持ちは抑えられない。だったら、なるべく卵を産んで増やしてくれる状態でリリースしたいと思っているだけです。ですから、釣って食べる釣り師も、僕はぜんぜんオーケーだと思っている んです。ただ僕は食べないし、魚を増やす、少なくともなるべく減らさないという効果は担っているんじゃないかな?ということです。

―― 釣り人として、できる範囲で、環境を守っているわけですよね。
いまあんまり知られていないかもしれませんけど、アユでもイワナでも、ヤマメでも、天然魚って本当に居なくなってるんですね。解禁日って言っても、ほとんどが池で養殖した魚を橋の上なんかからドボドボドボって川に入れている。釣り師は待っていて、「おいもっとこっちにも撒けよ」なんて(笑)。そんなの釣ってもちっとも面白くない。僕は、その川のネイティブが一匹見られたら、もうそれだけで相当満足。魚が釣れてうれしいんじゃなくて、川がまだ生きている、まだそこで自然繁殖のサイクル、環境が残っているという喜びのほうが大きい。ダム、堰堤、護岸、とくに3面護岸なんか本当にひどい自然破壊なんです。

―― 釣りに行く場所は、決まっているんですか?
遠くはあんまりしょっちゅうは行けませんが、一番好きなのは、人工物が見えない自然の川ですね。東北の方とか。(表紙になっている専門雑誌を見ながら)これは伊豆です。実際に行くのは、伊豆が一番多いですね。いまは9月ですけど、もう少し経って紅葉の頃になると、クマ除けの鈴を腰にぶらさげて川に入ったりします。温泉が好きなんで、山奥の湯治場みたいな所に泊まって。だいたい川釣りって、身体が冷えるんですよ。腰くらいまで水につかって何時間というのは当たり前ですから。僕なんか、体重がないから大変なんです。川の流れに持って行かれそうになったり、川底の石がゴロってなったら転んじゃうし、踏ん張んなきゃならないから疲れるし、危ないし。温泉は、必須ですね(笑)。

―― 道具もたくさん要るんですよね?
高いんですよ、これが結構(笑)。時間とお金がかかるということでは、そこもゴルフと似ているかも知れませんね。僕の場合は、どっちにするかってことではなく、釣りを選んだわけですけど。大人の遊びかも知れませんね。コンピュータも好きだし、釣りやキャンプ、自然も好き、正反対のものなんですけど、両方でバランスをとっていないと駄目なんですね。音楽業界でも忙しい人と比べたらラクをしていると思うけど、僕としては一杯一杯で仕事をしていて、おかげでバランスが取れているんじゃないかと思ってるんです。どこかで溜まっていたストレスが、この川に入った瞬間に、一気に、全部がイニシャライズされる。脳が初期化される。その感覚が好きなんですよね(笑)。

音楽活動について

―― 最後になりますが、今後の音楽活動について教えてください。

018_pho04.jpg はい。直近では、この9月20日に、センパイであり盟友である南こうせつが「サマーピクニックフォーエバーコンサート」を静岡県掛川市のつま恋で開催します。これはファンの間で伝説として語り継がれている野外フェスティバルの草分けで、99年に1回だけ復活し、それから10年振りの復活、スペシャル版だそうです。ちょうど南こうせつの40周年というのと、昨年還暦を迎えたということで、かなり楽しいものになりそうです。
僕も、後輩として、ちょっとこき使われそうです(笑)。ゲストは、僕のほかには、イルカさん、尾崎亜美さん、小田和正さん、坂崎幸之助さん、夏川りみさん、BIGIN、松山千春さん、ムッシュかまやつさん、森山良子さん、山本潤子さんなど、超豪華メンバーになる予定だそうです。詳しくは、コンサート公式サイトをご覧ください(笑)。7時間、20時終了予定といっていますが、たぶんちょっと伸びるでしょう(笑)。コンサートがいいなぁと思うのは、お客さんが帰りに元気をもらったとか言ってくれるんですけど、やっぱり、売れたとか売れないとかいうよりも、音楽は人を幸せな気持ちにするための職業なんだよなと実感できるということ。エネルギーを与えることによって、自分もエネルギーをもらえて。おかげで、自分の心もカラダも健康でいられるんじゃないかなということですね。

―― 伊勢さんの趣味も魅力も本当に多面的で、ファンの方からはまだまだ物足りないとお叱りを受けるかも知れませんが、機会がありましたらまたご登場いただきたいと思います。今日は、ありがとうございました。

関連記事