PLAZA INTERVIEW

vol.007「実力・キャリア・容姿でクラシック界をリード」

コミック『のだめカンタービレ』の「のだめオーケストラ」のコンサートマスターはあまりかっこいいキャラではないが、いま眼の前に颯爽と現れたコンサートマスターはキャラもキャリアも飛びっきり!何しろ、22歳の若さで東京都交響楽団のソロ・コンサートマスターに抜擢された実力の持ち主で、指揮者から厚い信頼を得ている天才ヴァイオリニストなのだ。その名は矢部達哉さん。ご覧の通りのイケメンである。ご本人は自分は天才ではないというが、楽員の尊敬を一身に集めるその技量はソリストとしても極めて高い評価を得ているのだから、紛れもない天才ではないか。共演した小澤征爾、朝比奈隆、ジャン・フルネ、ベルンハルト・クレーなどの著名な指揮者も彼の資質を絶賛している。また、室内楽の分野でも評価は高く、多くのアーティストが彼を共演者に迎えている。あのチェロのヨーヨー・マもその一人だ。コンサートマスターという重責を果たしながら、幅広いレパートリーに高水準の演奏を聴かせ、多くの人びとを魅了し続ける矢部達哉さん。また、後継者の育成にも心を砕いている矢部さんに、その多彩な活動の中から生まれ出る音楽観、音楽家としての在り方、そして、人生観などについて、CPRA広報委員の菊地一男委員がうかがった。
(2007年02月15日公開)

Profile

バイオリニスト
矢部達哉さん
1968年東京生まれ。江藤俊哉氏に師事。89年に桐朋学園ディプロマコース終了後、90年に東京都交響楽団(都響)のソロ・コンサートマスターに抜擢される。NHK朝の連続テレビ小説「あぐり」のタイトル曲をヴァイオリン・ソロで弾き反響を呼ぶ。横山幸雄などとのデュオ演奏の他、江守徹との朗読と音楽「言の葉コンサート」でも高い評価を得るなど多彩な活動をしている。95年第5回出光音楽賞、96年度村松賞、第1回ホテルオークラ音楽賞など受賞。04年より上野学園大学音楽・文化学部教授に就任。
ソニークラシカル

TV版「のだめカンタービレ」の演奏は都響が

―― 昨年、フジテレビ系列でドラマとして放映され、大きな反響を呼んだ「のだめカンタービレ」。このドラマの影響で、クラシックのファンがかなり増えたといわれていますね。
そうですね。あのドラマの音楽を実際に演奏しているのは、僕がコンサートマスターをしている東京都交響楽団なんですよ。僕自身はあの録音には加わってないんですけどね。手前味噌になるかもしれないけど、ああいうドラマで普通流れる演奏のクオリティーよりははるかにいい音がしていたので、それはうれしかったですね。

―― クラシックで活躍される矢部さんからご覧になって、あのドラマはいかがでしたか。
007_pho01.jpg 誇張はあるけど、音大の雰囲気はリアルに描かれていると思いました。音大っていうのはああいう風にものすごく変わった人も多いし、ものすごい天才も多いんですよ(笑)。ただ、指揮者とオーケストラの関係はちょっと違いますね。小澤征爾さんみたいな大物は別ですが、学生の指揮者があんな風に怒鳴ったりしたら、その時点でおしまいです。それと、かなりの天才でも耳で聴いただけで『ペトルーシュカ』を弾くのは絶対無理ですね。それから、シュトレーゼマン。彼ほどの巨匠は、あんな下界には降臨しないんです(笑)。でも、「のだめ」のオーケストラもけっこう上手だったし、出てくるバイオリンやピアノの音も通常のドラマとは雲泥の違いがあって、その意味でもリアルでしたね。

「ストラディバリウス」を持つということ

―― ところで、バイオリンというと「ストラディバリウス」などの名器が有名ですが、矢部さんの使われてる楽器は?
ええ、僕の楽器もストラディです。ソロのときもコンマスのときもほとんどストラディを使っています。いろんな楽器があっていいんですが、やはりストラディバリウスとかアマーティとかいうかつての天才が造った楽器は、全然違うんですよ。弾いてても、まるで天界とつながっていくかのような感覚になる。これはどうしようもないですね。

―― 急に下世話な話になって恐縮ですけどストラディだと「ウン億円」?(笑)。
はい。ですから大変なんです。そもそも、音楽家が払えるような額じゃないんですね。

―― バイオリンは腕前もさりながら、楽器の力も大きいと言われていますね。試験だの、コンクールだので学生たちもそういういい楽器がほしいんでしょうね。
楽器はその人の心を映すものだから、学生に限らずみんないい楽器がほしいと思います。でも、絶対数も限られてますから、やはり、限られた人ということになってしまうんですね、残念ですが。場合によって貸与してもらっても、5年で返さなければならないとかだと、いちばん仲良くなったときにサヨナラしなくちゃならないという、身を切られるような思いをすることになるんですよ。

―― 楽器が自分のいうことを聞いてくれるようになるまでには、時間がかかるんですね。
そうですね。ただ、1年に何度か、本当に楽器とうまく相性が合うときがあって、すごくいい音が出るときがある。それは至福の時間ですね。

007_pho02.jpg ―― それだけの楽器ですから大事にしなくてはいけませんね。金額が高いからというだけではないんですね。(笑)。
もちろんそうなんですけど、やはり金額が高いと毎日ビクビクしながら生活してますよ(笑)。みんな楽器保険に入りますけど、あれはたとえば、バイオリンを落として真っ二つになっちゃったようなとき、僕らからすれば保険で全額まかなってほしいですけど、実際はそれをくっつける修理代しか出ないんです。だから、壊したら終わり。あるいは、楽器のいちばんの生命線である裏板にひびでも入ってしまったら、価値はほとんどなくなってしまうんです。まるで、毎日、生まれたての赤ちゃんを抱いているような感じです。

「コンサート」の独特の緊張感~フィギュア・スケートと共通するもの

007_pho03.jpg ―― コンサートで演奏をするというのは大変なお仕事ですね。
音楽家のいちばん難しいところは、何月何日の何時何分と決められた時間に演奏をしなければいけないこと。やりなおしのきかないところが、結構きついですね。フィギュア・スケートに似てるんですよ。フィギュアはここで3回転をする、ここでスピンをすると決まったことをやらなければならない。そこに個性を出す競技でしょ。

―― 緊張感の質のようなものが、クラシックとフィギュアで似かよっているんですね。
フィギュアがもっときついのは、見てる人の中に失敗を望んでいる人が何%かはいること。クラシックは幸い、間違えろと思っているお客さんはまずいないし、自分のオーケストラで弾くときはみんなでがんばろうという雰囲気をつくってくれるんです。だけど、フィギュアだと、少なくとも対戦相手やその関係者、ひいきの人などが厳しい目で見ているでしょう。その「負のオーラ」みたいなものが押し寄せる中で演技するわけですからね。

―― 最近はいい選手がたくさん出て人気があるので、テレビでもよく放映されますしね。
全世界に放映されたりもするから、その数分のために本当に命をかける。そんな選手たちの滑る前の表情を見てると、僕は他人事と思えなくなってしまいます。浅田真央ちゃんなんか抱きしめてあげたいくらいですよ。むこうがお断りだと思いますけど(笑)。

―― バイオリンは毎日弾くんでしょ?
そうですね。ただ、練習は昔から大嫌いなんです。僕が何か人に誇れることがあるとしたら、これだけ練習が嫌いなのに毎日ヴァイオリンを弾き続けているということでしょうか(笑)。もちろん音楽は好きなんですけど、練習は嫌い。その感覚は、たとえば寿司の大好きな人がいても、それが毎日毎日、朝昼晩となればさすがにいやになるでしょ。そんな感じではないかと思っているんですけどね。

B'zとのコラボで感じたもの

007_pho04.jpg ―― 2004年にサントリーホールで、B'zの松本孝弘さんが都響と一緒に演奏をされていますよね。ギターとオーケストラのコラボレーションは珍しいことだと思いますが。
ええ。けっこう感動したんですよ僕、松本さんの演奏に。それで、そのあとオファーいただいて、彼のCDで一緒に弾いたんです。それも、たまたま僕のいちばん好きな2曲のソロの部分を。すごく楽しかったですね。

―― どういう点に感動されたんですか?
松本さんて物事に対してすごくシビアだし、自分に厳しい。クラシックでもロックでもジャンルを問わず、その道の非常に上の方までいった人のメンタリティーって一致してるんですよ。そういう意味で、第一級の人だなと思いましたね。

―― 今後、そういう他のジャンルの方々とのコラボレーションのようなことは、またやってみたいと思われますか?
あまり積極的ではないです。というのは、クラシックのために書かれた作品の中で、まだ自分が手をつけてない名曲がたくさんあるんです。それをやる前に他には行けないというのと、僕は天才じゃないので毎日毎日ちゃんと練習しないとダメですから、なかなかそういう余裕がないんです。

―― やはり、まずはクラシックの道で?
バイオリンにはバイオリンのために書かれた曲があって、やはりそれがいちばん適してるんですね。でも、ベートーヴェンのバイオリンコンチェルトとか自分の好きな曲がありますけど、僕は何回弾いても1回も上手に弾けたことがない。そういうこともできないのに、他のことはできないという思いもあります。どんな分野の仕事であっても、自分自身をその仕事でどこまで高められるかというのがそれぞれの人の人生だと思うんですね。そのために日々自分を磨いていないと、年とったときに後悔するかなって思うんです。

「音楽家」として「父親」として

007_pho05.jpg ―― 今後の目標は?
僕はソロの部分で自分を磨いて、たとえばベートーヴェンのコンチェルトでソリストとしてほめられるような演奏を一度でいいからしてみたいというのが夢としてあります。それはたぶんかなわない夢だとわかってるんだけど、追い続けたいですね。それと、オーケストラという組織のリーダーとして、若いプレーヤーが入ってきたとき模範となりうるような存在でいて、少しずつでもオーケストラがよくなっていくようにしたい。その二つが大きな仕事ですが、本当のことをいえば、家族と仲良くしたり、子どもを一人で食べていけるようにするという父親の役目が、いちばん大事なのではないかと思っているんです。

―― 人間として大切なことという意味で?
僕は、子どもが生まれた瞬間の産声を隣の部屋で聞いたんです。そのとたんに涙があふれて、自分の中のプライオリティーがすべてかわってしまいました。いままで自分のことがいちばん大切だと思っていたのに、この子だけ大切にすればいいんじゃんと思っちゃったんですね。誰にとってもいちばん大事なのは、家族を持って自分の子どもを大切にすることではないでしょうか。それで愛情を受けて育った子どもは人に対して愛情を注ぐし、それだけやってれば、世界は平和になるんじゃないかって僕は思っているんですよ。

―― お子さんはいま何歳なのですか?
8歳です。チェロをやってますが、最終的には、クラシック音楽が好きで、楽しめる人であってくれればいいと思っています。

―― 楽しみですね。今日は、矢部さんの多様な側面をお話しいただき、ありがとうございました。

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