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「バリュー・ギャップ」問題の解決に向けて
~広告型ストリーミング・サービスを巡る欧米の動き~

企画部広報課 榧野睦子

 音楽産業にとって2015年は二つの意味で記念すべき年となった。一つはレコード産業の世界総売上が1998年以来の顕著なプラス成長となったこと、そしてもう一つは有料音楽配信の収益が初めてCD等のパッケージ売上を上回ったことである。
 インターネットを通じた音楽の利用が音楽産業収益のほぼ半分を占めるようになった現在、消費者が音楽を享受する総量と比べて、音楽業界が正当な報酬を得られていない「バリュー・ギャップ(value gap)」の問題が、とりわけYouTubeなどの広告型ストリーミング・サービスで顕在化している。この問題解決に向けた欧米の動きを紹介する。

バリュー・ギャップの実態

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 YouTubeに代表される広告型ストリーミング・サービスの成長率は著しく、2014年には63%、2015年には101%もの伸びを見せたが、そこでの音楽利用に対し音楽産業が得た収益の伸びは2014年には34%、2015年には31%に留まっている。IFPI(国際レコード産業連盟)が公表した"Music Consumer Insight Report2016"によれば、YouTubeは最も利用されている音楽サービスであり、その利用者の82%、とりわけ16歳から24歳の利用者の93%が音楽視聴のために同サイトを利用している。

 IFPIの調査によれば、サブスクリプション型サービスも行うSpotifyは利用者一人につき20米ドルを音楽産業に対し支払っているが、YouTubeは利用者一人当り0.72米ドルしか支払っていない(ただし、Spotifyは2013年実績の金額で、YouTubeは2014年実績の金額)。このように利用に比して非常に少ない額しか音楽産業に支払われないため、2015年には、広告型サービスからの収益がアナログレコードからの収益よりも少ないという状況に陥っているという(※)

 このようなバリュー・ギャップの問題に対し、2016年6月、Maroon 5、レディー・ガガ、テイラー・スウィフトなど180を超えるアーティスト、メジャーレーベル及び集中管理団体が米国議会に対し、"Dear Congress : The Digital Millennium Copyright Act is Broken and No Longer Works for Creators(デジタル・ミレニアム著作権法(DMCA)は破綻しており、もはや創作者のために機能していない)"と題した公開書簡を提出した。この書簡は、著作権法の包括的な見直しを進める下院司法委員会のボブ・グッドラテ委員長へ向けたものと思われる。

ノーティス・アンド・テイクダウン手続の問題点

 2015年4月、下院司法委員会はマリア・パランテ米国著作権局長に対し、著作権法改正に関する著作権局の見解について証言を求めた。この証言の中で、パランテ局長は、著作権法第512⒞条に規定されるDMCAセーフハーバー条項が今日のインターネット環境に適切に対応しているか調査研究を開始すると述べた。米国著作権局は、調査研究の一環として同年12月末から意見公募を行い、9万を超える回答が寄せられた。セーフハーバー条項とは、一定の条件を満たしたオンライン・サービス・プロバイダが、自分のサイトにアップロードされているものが権利侵害に当たるとの通知を権利者から受けた際、著作権侵害か否かの実体的判断をせずに、直ちに削除すれば(ノーティス・アンド・テイクダウン手続)、金銭的賠償責任を負わず、差止も一定の範囲に制限されるという規定のことである。権利者から出された意見では、セーフハーバー条項は破綻しており、その要因として約20年前にできたこの手続が、大量に無許諾でコンテンツがアップロードされている現状に対応できていないことを第一に挙げている。その上、裁判所がプロバイダに有利な判断をしたことで情況はさらに悪化していると指摘している。

 それでは、プロバイダに有利な裁判例とはどのようなものなのか。権利者の意見によれば、本来受動的で中立的なプロバイダだけが対象のはずなのに、裁判例により、違法にアップロードされたコンテンツで利用者を増やし、データ検索や広告販売を行うことで経済的利益を得ているプロバイダまでもセーフハーバー条項を享受するようになってしまった。また、権利者から通知がなくても、違法なものがアップロードされていると認識していて、かつ直ちに削除していなければプロバイダは過失責任が問われるとDMCAでは定めている。この規定について裁判所は、自分のサイトが著作権侵害に利用されているという一般的な認識程度なら問題なく、個別具体的な侵害行為を認識していない限り、責任は問われないと判断した。さらに、権利者は、侵害コンテンツの所在を示すURLを通知しなければならないとの判決も出された。

 これらの裁判例が出されたことにより、プロバイダは積極的に権利侵害対策を講じずに、権利者から通知されたURLの侵害コンテンツのみ削除し、たとえ同じ侵害コンテンツが再アップロードされても全く対応しないようになってしまったのである。権利者にとってノーティス・アンド・テイクダウン手続は負担が重いわりには、成果は上がらないものとなってしまった。極端な場合、プロバイダは著作物利用の事前許諾をあえて求めず、多くのコンテンツをアップロードさせ、利用者を増やし市場における有利な立場を取得してから、権利者とのライセンス交渉に入ることもある。これにより、権利者は自らが正当な報酬を受け取れないばかりか、事前許諾を得ているサブスクリプション型サービスにとって公正な競争環境が失われ、健全なデジタル音楽産業が育たないと主張している。

バリュー・ギャップ解決策は

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 米国著作権局には、このような問題の解決手段として、著作権教材の作成やノーティス・アンド・テイクダウン手続の自動化、手続実務や利用される技術の標準化等の意見が出された。そして、権利者側からはノーティス・アンド・テイクダウン手続ならぬ、ノーティス・アンド・ステイダウン手続の法制化が主張されている。具体的にはコンテンツIDのようなフィルタリングシステムを用いて、ユーザーがアップロードする前に選別をする、あるいは権利者から通知を受けた個別のファイルについてサイト内で検索をかけ削除する等といった制度の導入が提案されている。ただし、ノーティス・アンド・ステイダウン手続の要件や、政治的、実務的及び技術的側面に関し懸念の声も大きいという。

 一方のEUでは、欧州委員会は、2016年9月に公表した"Commission Staff Working Document-Impact Assessment on the Modernisation of EU Copyright Rules(EU著作権法制の現代化に係る影響評価事務局作業文書)"において、バリュー・ギャップの問題を取り上げている。

 作業文書では、解決策として、①権利者とYouTubeのようなサービスとの間で協議を継続すること、②サービスに対して、コンテンツ識別技術のような措置を講じる義務を課し、権利者はコンテンツの識別に必要な情報をサービスに提供し、サービスはその技術に関する情報を権利者に提供すること、という二つの選択肢を提示している。その上で選択肢①では拘束力がなく、市場慣行の改善には不十分であると指摘した。一方選択肢②は、適切な技術の導入により権利者が自らの著作物を管理できるようになり、著作物の利用について交渉する上でより良い立場を得ることができると評価した。さらに、選択肢②によりサービス側が負担する費用についても、導入される技術は相応のものに制限されるし、多くのサービスはすでにコンテンツ識別技術を導入していると指摘し、選択肢②が最良だと結論付けた。

 この検討を踏まえ、"Proposal for a Directive of the European Parliament and of the Council on copyright in the Digital Single Market(デジタル単一市場における著作権指令案)"では、YouTube等プロバイダに対し、権利者との協力の下、著作物等の利用について権利者と締結した契約がきちんと機能するように、あるいは権利者が特定した著作物等を利用させないように、コンテンツ識別技術等の措置を講ずることと規定している。そしてプロバイダは権利者に対し、その措置の機能等について適切な情報を提供し、かつ著作物等の利用を認識した際には報告しなければならないとしている。またこのような対応をしたにもかかわらず、利用者との間で紛争が生じた場合には、プロバイダは加盟国が設ける紛争解決手続を利用することができると規定している。さらに、必要に応じて、加盟国はプロバイダ及び権利者間の協力の円滑化を図らなければならないという努力義務も盛り込んでいる。

 米国、EUともに検討は始まったばかりである。今後の進捗を注視していきたい。

【注】
※数字は、米国著作権局の意見募集に対して、アメリカレコード協会他18音楽団体の出した共同意見による。(▲戻る)